表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
40/318

39 書庫と不誠実

 ――どうしてこんな事になってるんだろう……。


 第二神殿騎士団の演習場でジルはめまいを覚えた。ジルの前方左にナリト、右にルーファス、そして正面にデリック、両者の中央側面にはラシードがいた。


 デリックは不敵に笑っており、ラシードは今にも大剣を構えそうな雰囲気だ。ナリトとルーファスの顔は見えないけれど、これまで感じたことのない空気をまとっていた。風は吹いていないのに肌寒い。


 ◇


 エディがデリックと手合わせをおこなった日、ジルは書庫に行かなかった。魔物の情報など頭に入らないと分かっていた。だから自室で、弟の帰りをずっと待っていた。


 ――後悔しないために、できることをしよう。


 一日ぶりに書庫を訪れたジルは、扉の近くで足を止めた。初日よりも減っているけれど、平時に比べれば今日も人の出入りが多いのだ。隙間からそろりと中を窺えば予想した通り。艶やかな黒髪と、ふわふわの飴色髪が並んでいた。


 ――大神官総会、終わってないのかな。


 総会は一日で終わりだとジルは思っていた。出席者が少ないのだ。議論も何もあったものではないだろう。ナリトは枢機卿と話があると言っていたから、難航しているのかもしれない。ではルーファスは、とジルが首を捻っていると、またもや名を呼ばれてしまった。


「ジル嬢、先日は体調を崩されていたのですか?」

「いえ、少し慌ただしくて……お二人は昨日もこちらに?」


 ジルの質問に異口同音の肯定が返ってきた。今日も魔物情報は集められそうにない。話は一旦そこで区切り、三人は長椅子に場を移した。前回と同じ配置でジルが中央に座っている。


「今日は予定を空けさせたから、朝まででも手解きできるよ」


 ナリトはジルの手を掬い取り、なめらかに微笑んだ。楽しそうなタルブデレク大公の背後に、予定調整で奔走するユウリの姿がみえた気がした。


 今日も神官試験の勉強をみてくれるということだろうか。ナリトが得手としている数学と教養は、ジルが苦手としている科目だ。初歩から習うのも理解が深まっていいかもしれない。


「風の大神官様も、同じご用件でしょうか?」


 左隣に首を傾げてみせれば、ルーファスは口籠ったあと、消え入りそうな声ではいと答えた。顔が赤い気がする。熱でもあるのだろうかと、エディにする癖でジルはルーファスの額に手を当てた。


「少し熱いです。ご体調が優れないようでしたら」

「こ、ここに来る前に礼拝堂の手伝いをしていたので、体が温まっているだけです」

「私は一人でも構わないが」

「僕もお付き合い致します」


 無理をしていないだろうかとルーファスの顔色を窺えば、安心してくださいと力強く頷かれた。


 そのまま今日はどの科目を勉強するのかと問われたジルは、丁度いい機会だと思った。すべてが終わるまで、二人への返事は保留にしておこうと思っていた。けれど、後顧の憂いは少ない方がいい。それに二人を無期限で待たせるのは不誠実だ。


 ジルは長椅子から立ち上がり、左右に座った二人の大神官に向けて頭を下げた。


「申し訳ございません! お二人の任地には行けません。お気遣いくださったのに……ご無礼をお許しください」


 折角の厚意を無下にするのだ、顔を上げられなかった。深く腰を折ったまま、ジルは目を固く閉じていた。


「理由を訊いてもいいかな?」


 凪のように穏かな声だった。ジルは一度目元にぐっと力を入れて、瞼を押し上げる。


 そこには、跪いたナリトがいた。片膝をつき、真剣な眼差しをジルに向けている。水かさが増したように身動きがとれず、青い瞳から目を逸らせなかった。


「お嫌でなければ、僕も伺いたいです」


 ルーファスに片手を取られた。表情こそ眉尻を下げたいつもの笑みを浮かべているけれど、ためらいがちな声には淋しさが滲んでいる。やわらかな葉を思わせる緑の瞳が今は萎れているようにみえ、ジルはつきりと胸が痛んだ。


 そのままルーファスに手を引かれ、ジルは長椅子の中央に戻った。左にナリト、右にルーファスが座り直すのを待って口を開く。


「婚姻を申し込まれたんです」

「は?」「えっ」

「あ、正式なものではなくて。まずは婚約になるかと」

「「相手は?」」


 元々三人で利用するには窮屈な長椅子だったけれど、今は更に狭く感じた。ナリトとルーファスの距離がとても近いのだ。二人が同時に詰め寄ってきたため、ジルは背もたれに身を預け仰け反っていた。


「第二神殿騎士団所属のデリック様です」

「「デリック」」


 ジルはエディが呼ぶのに合わせた呼び方で名前を答えた。同時に復唱した二人からは、いつの間に、呼ばれたことないのに、と呟きが漏れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ