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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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37 専属と引け目

視点:エディ

 姉に専属従卒の件を話した翌日、エディは厩舎からそのまま第二神殿騎士団の演習場へ向かった。すると、訓練をみていたラシードがエディに気付き、顎を動かした。


 ――入っていい、ってことかな。


 エディは会釈して石敷きを踏んだ。そのままデリックの居場所を尋ねようとラシードのもとへ歩んだとき、尋ね人がみつかった。


「エディ、専属になりに来たのか!」


 大きな声が飛んできた方へ体を向けたエディは、表情を変えず淡々と問いかける。


「……デリック様、それはまだ、秘密では?」

「いいんだよ。どうせ皆知ってるから、な!」


 快活に笑いながら周囲へ同意を求めたデリックに、騎士たちは乾いた笑いを漏らした。守秘義務とか大丈夫なのだろうか。騎士たちの方へ向いている深い緑色の瞳を見上げていると、視線がこちらに戻ってきた。


「あの、どうして……おろしてください」


 エディは不安定になった体を支えようと、眼下にある肩に腕を置いた。デリックが腰を屈めたと思ったら、何故か抱え上げられていた。


「逃げねぇように。今から手続きに行くぞー」


 大きな歩幅でずんずんと進むデリックは、さながら人攫いのようだ。勘違いを解かなければとエディは焦り、デリックの広い背中を叩いた。


「違うんです。今日は、もう一度手合わせをして頂きたくて、お願いに来ました」

「それなら前にラシードとやっただろ?」

「僕は、副隊長様の専属では、ありませんから」


 そこまで言うと、デリックは足を止めてエディをおろした。しゃがみ込んだデリックの深緑色の瞳が正面にある。伸びてきた手は、わしゃわしゃとエディの頭を撫でた。


「この前の時といい、小せぇのに真面目だなあ。いいぜ、今からするか?」

「今日は、剣を持ってきていないので……別の日に」

「なら、明日だ」


 デリックは上機嫌だった。エディはその日程にこくりと頷き、ほつれた髪を直す。今日の要件はそれだけだと伝えて、エディは練習場を離れた。


 ◇


 翌日、同じ時間に演習場を訪ねると、デリックが機嫌よく出迎えてくれた。


 昨夜から朝にかけて、姉は心配ばかりしていた。自分と入れ替わるかと言われた時には、ため息をついてしまった。


 ――僕の力をみせないと、意味がない。


 姉と入れ替わっていたことが、例え誰にも知られなくても、エディ自身は知っているのだ。姉の力で従卒になったと、引け目を感じたくはなかった。


 先導のデリックが足を止めたのに合わせて、エディも止まる。近くには鈍色髪の副隊長が立っていた。射竦められそうな朱殷色の瞳に、思わず手足が強張った。


「立会人はバクリー副隊長だ」

「宜しく、お願いします」


 騎士二人にお辞儀をして、エディは長剣を鞘から抜いた。今日持ってきたのは、ナリトから貰った剣だ。自分はこちらの剣で稽古を受けているから、使い慣れたものを選んだ。武器の扱いに長けた騎士には、姉のときと得物が違うことに気付かれているだろう。それでも戦いの前だからか、問われることはなかった。


 ◇


「そこまで!」


 ラシードの低音な声で空気が震えた。


 それを合図にエディは、デリックの脇腹へ差し込んだ剣をおろした。呼吸が落ち着かず、肩で息をする。強化魔法を使っていない騎士相手に辛勝だったけれど、一本取れたことはとても嬉しかった。その場から動けないでいると、デリックにまた抱えられてしまう。


「余裕で合格だ。救護室に行くぞ」


 今度は抵抗しなかった。転倒して捻った足の痛みを逃がすため、エディは深呼吸を繰り返す。立会人のラシードへデリックが礼を伝えるのに倣って、エディは会釈した。


 救護室では、あちらこちらに出来ていた擦り傷に薬を塗られた。熱を持っていた患部には氷のうが当てられ、しばらく動かさないようにと救護員から指示がでた。一通りの手当てが終わった頃、ずっと見守っていたデリックが口を開いた。


「エディ、戦い方を変えたのか?」


 喉が詰まった。気付かれてしまったのだろうかと、背中に冷たいものを感じる。


「剣を、大きくしたので……少し、変わったかもしれません」

「ふーん」


 デリックは、納得したのか疑っているのか分からない反応をしている。得物が変われば戦い方も変わる、そう悪くない言い訳のはずだ。デリックを観察していると、パッと表情が明るくなった。


「まあいいか。専属の手続きはこっちでやっとくな」

「よろしく、お願いします」

「オレは演習場に戻るから、それが取れたら声をかけろ。送ってってやる」


 氷のうを巻いた足首を指しデリックは救護室を出て行った。姉には今日の予定を伝えているから、帰りが少し遅くなっても大丈夫だろう。


 疲労に勝る充足感とともに、エディは瞼を閉じた。

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