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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
32/318

31 挿話・ジル<11歳>

視点:ジル◇ウォーガン

 教会領で暮らし始めて三年が経った頃、身元保証人であるウォーガンに尋ねられた。


「ジル、エディ。誕生日はいつだ?」

「私は繊ノ月で、エディは三ノ月ですけど……どうしたんですか?」

「猶子の手続きで必要だと今頃言ってきやがった。日付は?」

「姉さんは十一日で、僕は五日、です」


 そこでウォーガンの手が止まった。寄宿舎の自室は狭いため、三人は食堂の一角で話をしていた。夕食時を迎えたそこは調理をする者、食事をする者、雑談をする者と慌ただしい。今しがた書き込んでいた紙片から、正面に座る姉弟へとウォーガンの視線が移動した。


「十一歳と八歳になったのか?」

「「はい」」


 信じられないものを見るようなウォーガンの問いに、二人のよく似た声が重なる。直後、大きな手は頭を抱えた。


「どうして言わな……いや、俺から訊くべきだったな」


 ジルは誕生日だからといって、特別な思い入れはない。むしろあの夢をみてからは、歳を重ねたくないくらいだ。しかしウォーガンには思うところがあったのだろう。ならばとジルも訊ねてみる。


「ウォーガン様の誕生日はいつですか?」

「俺は更ノ月二十三日だ」

「今月、だね」


 エディがぽつりと呟いた。今日は更ノ月三日だ。ウォーガンの誕生日は二十日後だった。何かお祝いをした方がいいのだろうか。しかし自分が祝われた記憶は遠く、何があったのかジルは覚えていなかった。


「俺よりもお前等の祝いだ。何か希望はあるか?」


 ジルとエディは合わせ鏡のように顔を見合わせた。瞳で会話をするように黙り込んだ後、同時にウォーガンを見る。


「「ありません」」


 恬淡な二重奏が紡がれた。エディが生きている、姉弟揃って暮らせている。それ以上は過分な望みだとジルは思っていた。それよりも受けた恩を返したかった。


 食堂の長机をはさみ、正面に座っていたウォーガンが立ち上がった。その大きな背は見上げるほど高く、首が痛くなるのも時間の問題だ。様子を窺っていると、姉弟それぞれの頭上に太い腕が伸びてきた。何をされるのかとジルの体が強張る。直後、頭に手を置かれた重みで、首が沈んだ。剣ダコで厚くなった手のひらは、髪を通してもゴツゴツしているのが分かった。


「なんでもいい、ってことだな」


 食堂の一件から十日後、姉弟のもとにウォーガンから荷物が届いた。ジルの包みには羽織が、エディには外套が入っていた。袖を通して互いを確認する。


 ――ぶかぶかだ。


 袖はすっぽりと手を隠し、裾は床に着きそうだった。ジルはくすくすと笑い、エディも珍しく口元を緩めていた。誕生日のお祝いは、とてもあたたかかった。


 ◇


 引き取った子供らに遅い誕生日祝いを贈った十日後、門兵から預かったと従卒が封書を差し出してきた。ウォーガンはそれを受け取り、執務室から従卒を下がらせた。


 騎士団への嘆願書にしては薄く、宛名を記した文字は拙い。差出人の名がないことを訝しみつつ封を切ったウォーガンは、目を見開いた。封のなかには一枚の便箋とハンカチーフが入っていた。それも、名前の刺繍入りだ。


 手紙には書き慣れていない幼い文字で、教養の講師に訊いたと書いてあった。


 変哲もない麻の生地に、ウォーガンの髪色と同じ茶色の糸で、ジルとエディの名が綴られている。自分の名は自分で刺したのだろうか。どちらも不格好ではあったが、ジルの方がより歪んでいた。きっと初めて刺繍をしたのだろう。名前の後に続くハワードの文字を指でなぞれば、胸に込み上げるものがあった。


 ――家を出て以来か。


 伯爵家の三男であるウォーガンは、騎士となるため家を離れた。その際、刺繍入りのハンカチーフを貰っていた。結婚をする気など無かった自分に子供ができるとは思っていなかった。親となった実感は薄く、姪や甥といった感覚だが、ケガをせぬようにと心を向けられれば素直に嬉しかった。


 誕生日を寿いだ手紙は背後の棚に収め、ハンカチーフは胸元の内ポケットに仕舞い込んだ。これから部下の訓練を見なければならないのだが、どうにも顔が締まらない。


 ウォーガンが演習場に顔を出したのは、それから十分後のことだった。

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