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傾界の聖女  作者: たま露
【救世の魔女】
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火の領地:共に在るために

 光と闇の精霊を解放したとはいえ、魔素を取り込み過ぎた生き物はまだ多く存在しており、神殿騎士団は変わらず魔物討伐に赴いていた。


 上級ランクが出現する可能性は低いものの、万が一のために三部隊は教会領で待機、一部隊は休息、二部隊は担当領地で中級ランクを倒す、という交代制がとられている。


 そう本来は、交代制なのだ。


「一度も戻ってないんですか!?」

「シュリアが言うにはな。聖騎士の叙勲式も本人不在でやったくらいだ」


 北方騎士棟にある団長の執務室を訪れたジルに、ウォーガンは諦観のため息をはいた。


 聖騎士とは、すぐれた技量、多大なる功績をもつ者に与えられる称号だ。ラシードは妖魔の企みを暴き、聖女とともに魔王を討伐した騎士としてソルトゥリス教会から讃えられていた。


 そんな栄誉ある式を無視して、ラシードは戦場で剣を揮い続けているらしい。第五神殿騎士団団長のシュリアが直に帰還を命じた時には、邪魔をするなら神殿騎士を辞めるとまで言ったそうだ。


 聖騎士を手放したくないソルトゥリス教会は、叙勲に合わせてラシー ドの所属を近衛騎士団に移し、特別部隊の長として任命。隊員は志願制で団長の推薦状を必須とし、全領地での活動を許可したという。


 ――そんな事になってたなんて、全然知らなかった。


 今の活動地域はガットア領で、砂漠のただなかにある居住区よりもさらに南西、旧市街を陣営地にしているそうだ。


「行くんだろう。推薦状は書いてある。着替えは仮眠室だ」

「ありがとうございます!」


 おろしていた茶色の髪をひとつに結び、スカートからパンツにはき替えたジルはリシネロ大聖堂の最上階を訪れた。教皇の署名が入った通行証を提示すると、衛兵は機敏な動きで転移陣の間へとジルを通した。


 ――落としたら危ないし、到着したら燃やそう。


 魔法陣に乗りナイフで指先を切る。魔力を含んだ紅い雫が落ちたのと同時に、体は火の聖堂に転移していた。


 ラシードはもう別の地へ移動しているのではないか。不安に駆られながら馬を乗り継ぎ進んだ二十日後の早朝。砂に呑まれかけた旧市街から立ち昇る煙が見えた。


「よかったああああ」


 安堵からジルは馬の背にぺたりと倒れ込んだ。特殊部隊はまだここにいる。馬の首を撫で地に降りたジルは砂よけのフードを下ろし、ひんやりとした空を見上げて首を傾げた。


「火が使える子はいるかな?」


(いるー!)


 ポンっと音が聞こえてきそうな勢いで、なにも無いところから赤く光るぬいぐるみが現れた。ジルはこの姿に似た、色の異なる精霊を知っている。


「あなたがサンラドね。燃やして欲しい物があるのだけれど、お礼は」


(ボクもなでて! ムーノが自慢するんだ)


 火の精霊は頬をふくらませて短い腕をぶんぶんと振った。ジルは対価に魔力を差し出そうと思っていたのだけれど、サンラドはなにやら土の精霊と張り合っているようだ。


「ええっと、分かった。それじゃ、これを」


(終わった!)


 鞄から取り出した瞬間、紙は熱を感じる間もなく灰となり砂丘へ消えていった。期待に満ちた瞳がずずいっとジルの眼前に迫る。お礼とともに小さな頭を撫でれば、サンラドはふふんと得意そうに笑った。


 ――かわいい。


 ジルのなかにはもう、光の精霊の欠片は入っていない。だというのに、どういうわけか精霊たちに好かれたままだった。


 人間が使う魔法は現在、飢えた精霊に魔素(ごはん)を与えるという関係で発動している。しかし生界の魔素濃度が安定したとき、魔法は精霊と良関係にある者にしか使えなくなるのだろう。


 満足した様子で去っていく火の精霊に手を振り、ジルは砂に埋もれていない扉を叩いた。


「馬の世話や掃除に雑用、なんでもします! 近衛騎士団特殊部隊に入隊いたしたく参りました!」


 砂岩の建物に人がいるのは確実だ。それなのに反応がない。ジルの声が聞こえなかったのだろうか。煙が昇っていた方へぐるりと回り込めば、一人の青年が焚き火をしていた。


 近衛騎士団は白地に金色だけれど、青年が着用している騎士服は黒地に白の差し色だ。


「あの、バクリー騎士様の部隊のかたでしょうか?」

「食事は保存食か、現地調達。移動が休息日で、野宿は当たり前」

「え?」


 突然の訪問者に驚くでもなく、木の枝で熾火を平らにならしていた青年は立ち上がり、ジルに厳しい視線を向けてきた。


「全員が戦力。聖騎士様に護ってもらおうなんて考えなら、死にますよ」


 訪問時にジルがした挨拶は聞こえていたのだ。特殊部隊は志願制であるため、覚悟を問うているのだろう。


「自分の身は自分で護れます。ウォーガン、ハワード団長の推薦状も、……ああっ!?」


 ――間違えてる!!


 鞄から取り出した紙には義父ではなく、教皇の署名が綴られていた。こんなものを一介の使用人が持っているはずがない。追い返されるどころか、偽造したと思われて捕縛されてしまう。


「あなたの他にもいましたよ。団長たちの名を出して、潜り込もうとする部外者のかた」


 特殊部隊の騎士服をまとった青年は大きなため息を吐いて、言葉を続けた。


「聖騎士様に近づいても、あなたが強くなれるわけでも、偉くなれるわけでもありません。聞かなかったことにしますから、命が惜しいなら帰りなさい」

「死ぬのは怖いです。だから私は、ラシード様を護るためにきました!」


 シュリアはウォーガンに零していたそうだ。回避はおろか防御すらおこなわない今のラシードは、子供の頃に戻ったようだ、と。


「手違いで推薦状は無くしてしまったのですけれど……ハワード団長から剣を習ったのは本当です」


 怪訝な顔をした青年に、ジルは腰から下げていた長剣を構えた。


「入隊するに値しないか、確めてください」

「……ケガをしても街まで送りませんよ」


 口で言っても引かないジルを見て、青年も長剣を構えた。朝陽が昇り、空気の温度がじりじりと上がっていく。熾火から微かにのぼる煙が向きを変えたそのとき。


「何をしている」


 お腹に響く低音な声が割って入った。


 逢えた喜び、安堵、それらよりも勝った思いは――。


「バクリー隊長! すみません、また興味本位な輩が来て、って、きみっ」


 青年の声を背にジルはラシードとの距離を詰めた。


「右足、捻っていますね。……もしかして最近、毒持ちの魔物と戦いましたか?」


 警戒一色だった気配に驚きが混ざり。


「そのような体で戦おうとしないでください。魔物と一緒に、あなたがいなくなるのは嫌です」


 朱殷色の瞳に光が差した。


「休暇に入る。一ヶ月後に火の聖堂に集まれと皆に伝達しておけ」

「「えっ?」」


 青年とジルの声が重なった。これまで誰が言っても聖騎士は戦場を離れなかったのに。というかなぜ自分は肩に担がれているのか。二人の困惑をよそにラシードは移動を始めた。


「そ、その少年はどうするんですか?」

「俺の専属だ」


 それはつまり入隊を許可されたということだ。隊長の肩上で揺られながらジルは青年へ向けて騎士の礼をとった。


「これからよろしくお願いいたします!」


 ◇


 陣営地を出発した一日目は、朽ちた砦で野宿となった。真っ暗な空には星の河が流れている。


「もしかして、明日もこんな感じでしょうか」

「目を離すといなくなるだろう」


 強化魔法のお陰で寒くはないのだけれど。安心感を覚えたりもするのだけれど。自分の気持ちを自覚している今、ずっとラシードの腕に囲われているという状況は、心臓に大変よろしくない。


 しかしこうなった理由は痛いほど解るため、ほとぼりが冷めるまでは仕方がないか、とも思う。


「ラシード様を護らないといけませんから、離れませんよ。だから先に倒れたりもしません」


 後ろから回された腕のなかで身をよじり、嘘じゃなかったでしょうと微笑めば、後悔、疑念、心配が綯い交ぜになったため息をつかれた。


「聖騎士を護るなんて言うのはお前くらいだ」


 呆れながらも、どこか嬉しそうな声がした。大きな手が首に移動し、砂よけのフードがずれ落ちる。視界から真っ暗な空が消え、どの星よりも明るい、熾火のような瞳が近づいてきた。


「俺はお前が望んだ未来を護ろう、この身が果てるまで」








― 火の領地・了 ―

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん。うんうん。 ラシード様推しだからこの終わり方にはえーラシード様だけじゃないのーーって気持ちもあるでも仕方ない…… 兎にも角にも、久しぶりに心躍る物語でした!
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