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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
312/318

311 クノスとソルトゥリス

 ゲームで殺されたのは弟のエディで、それを知った姉のジルは次作で敵になっていた。絶望した自分は闇に堕ちており、ソルトゥリス教会の敵になって、敵に。


 ――次作の内容が、分からない。


 独り言とも思えるジルの問いに、濃紺色の髪は左右に揺れた。


(未来は、ぼくにも分からない。でも、きみが来るように誘導はした。自分にも影響があるって知ったら、必死になるよね)


 聖女は何百年も同じ基準で、最も魔力の多い少女が選ばれていた。聖女の儀式に随行するのはいつも大神官と護衛騎士、それに従者だった。


 それを知った闇の精霊クノスは、魔素を介してジルに情報を与えたのだと語った。


「私は……あなたに、操られていたの?」


 自分は自分の意志で、ここまで行動してきた。だからこれは、自分が招いた結果なのだ。そう思うことでジルは無理やり納得しようとしていた。しかし、すべてが闇の精霊に仕組まれていたのならば。


(魔素の量が多いほど介入しやすいけれど、感情までは操れない。弟を助けたい、聖女を解放したいと想ったのはきみ)


 握り込んでいた拳は行き場を失い、力なく解けた。


 クノスは長い長い時を経て綻びはじめた封印をかいくぐり、魔物を通じて情報を集めていたそうだ。光の精霊ソルトゥリスを解放する手がかりを探して。


(そうして、きみをみつけた。遺失魔法なんていう邪魔な壁に囲まれていない、ルゥの欠片)


 その再会は唐突で、驚きと嬉しさのあまりに魔物を興奮させてしまい、誤ってジルを襲ってしまったとクノスは眉尻を下げた。ここで(ジル)が壊れたら、ソルトゥリスは消えてしまうかもしれない。焦ったクノスは蓄えていた力を使い、ジルに魔素をそそいで修復したのだという。


「ウォーガン様の腕を再生した時に、私を助けてくれたのも」


(それも、もう必要ない。――おかえり、ルゥ)


 それまで淡々としていた声音に、幼いみため相応の明るさが灯った。永い留守番が終わり、ジルに抱きついたクノスは嬉しそうに目を細めている。夜明けを迎えた黒の世界に陽が差し込む。


 光は、ジルの体から発せられていた。世界が明るくなるに連れて、ジルから何かが失われてゆく。


 眩い光に包まれた視界は白一色。最後の分霊が解放されたそのとき、自分は。


 ――いやだ。


 まだ言ってないのに、なにも返せてないのに、やっと分かったのに。

 大粒の涙も光に呑まれてゆく。


 ――まだ死にたくない……っ!!


 逢いたい、話したい、声を聴きたい。次から次へと溢れでる後悔に肩を震わせ、ジルは子供のように泣き声を上げた。





(女の子を泣かせるんじゃありません!!)

(ぼくは、なにも言ってない)


「っ、……消えっ、て、なぃ……?」


 弟を叱るような少女の声に驚き目をあければ、発光し輪郭を失っていたジルの体は指の先まで元の姿を保っていた。


(わたしとジルは一緒だったけれど、魂は違う)


 へたり込んだ白い足元には黒い影が落ちている。しゃくりあげながら瞬きを繰り返すジルの視界に、橙色のふわふわとした長い髪が入り込んできた。


(怖かったでしょう。つらい思いをさせてしまって、ごめんなさい)


 クノスよりも年上でジルよりも年下にみえる少女は申し訳なさそうに手を伸ばし、ジルの濡れた頬をぬぐった。ぽかぽかとやわらかな空気をまとった少女はエリシャと同じ、金色の瞳をしている。


「あっ、あなた、が、ルゥ……光っ、の精霊?」


(わたしたちを助けてくれて、ありがとう)


 ジルの言葉に応えたソルトゥリスは、陽だまりのような微笑みを浮かべた。光の精霊はそのままふわりと闇の精霊に首を傾げる。


(クー、お礼は?)

(もとはヒトのせい。そんなこと言う、ありがとう)


 ソルトゥリスの周囲がめらめらと揺らいだ瞬間、クノスはジルに向かって小さく頭を下げていた。その姿は渋々といった様子でまさに叱られた子供のようだ。


 そう、もとをただせば光の精霊を拘束した人間が悪いのだ。闇の精霊が不満に感じるのは当然のことで、今の友好的な雰囲気のほうがおかしい。


「ルゥ……ソルトゥリスさんっ、は、ヒトが嫌いではないの、ですか?」


(嫌いよ)


 一瞬で陽が陰った。


 やはり光の精霊は人間を憎んでいるのだ。厚意を利用されて閉じ込められ、傷つけられて引き裂かれた。大切な存在と永遠に再会できなかったかもしれないのだ。精霊たちがヒトに復讐する可能性を。


 ――どうして考えなかったんだろう。


 とんでもない過ちを犯してしまった。魔物がいなくなるどころか、生界から人間がいなくなる。最悪の未来を想像して血の気が引いた。


(わたしは、そんなことを望まない)

(ルゥは、そんなことしない)


「え……?」


 震えたジルの手に、ソルトゥリスのあたたかな手が重ねられた。


(わたしは、あなたの中にもいたの。あなたの心を通して、人々を感じてきた。償うのは民じゃない)


 座り込んだジルに目線を合わせた金色の瞳が、ぎらりと強い光を放つ。


(さあ、外道魔法使いを懲らしめに行きましょう!)


 ソルトゥリスが高らかに宣言したのと同時に、ジルの世界は色を変えた。

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