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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
303/318

302 ごはんとエサ

 三人の大神官を見送ったその日、聖女一行もシャハナ公爵邸を発った。水の聖堂には立ち寄らず、一路に水の神殿を目指した。教会という名の管理小屋で一泊した一行は翌朝、ひんやりとした霧と轟音に包まれていた。


「――――に、伝――の」


(あーもー聞こえなーい!)


 ジルの前でふよふよと浮いていた青色のぬいぐるみは、短い両腕を前方へ突き出した。直後、パキパキッと薄い板がぶつかり合うような音があちらこちらで起こり、辺りには冷気が漂った。


「わわっ、すごい! 滝が凍っちゃった!」


(わたしは水の精霊だものー)


 水蜜の瞳を輝かせたセレナの周囲を、ネディーネは得意そうにくるりと回ってみせた。水の神殿を隠していた瀑布は、氷の大壁へと姿を変えていた。流れ落ちる水の一瞬を切り取った景色は、ガラス細工のように美しい。


「これは確かに、精霊がいると信じざるを得ないね」


 人間には到底できない技だと感心の声を上げたナリトは、自身の上着をジルの肩にかけた。氷瀑による気温低下を心配してくれたのだろう。上着が一枚増えたことによる防寒性以上に、気遣いがあたたかい。でも。


「私は寒さに慣れているので……いえ。ありがとうございます、ナリト大神官様」


 上着はセレナに渡して欲しい。その言葉をジルは飲み込んだ。代わりに自分のケープコートへ手をかける。意図を察したのだろう、ナリトは羽織らせた自身の上着を一度取り上げた。ジルはそれへ会釈を返し、脱いだケープコートをセレナに巻きつけた。


「風邪を引いてはいけませんから」

「ふふ、ありがとうございます。とっても暖かいです」


 真冬ほどではないけれど、笑い声とともに出てきたセレナの息は少し白い。ケープコートの前がしっかりと閉じられたのを確認したジルは、改めて上着を借りようと振り返った。


「どうぞ袖をお通しください」


 主に仕える従者のように、上着を広げたナリトが微笑んでいた。今日のジルは従者の恰好をしている。対してナリトは視察という名目で外出しているため、貴族然とした服装だ。


 過去のジルなら、タルブデレク大公に揶揄われていると思っただろう。しかし今は分かる。これは本気だ。ジルは促されるまま上着の袖に両腕を通した。背の高いナリトに合わせた仕立てのため、ジルが着るとぶかぶかだ。長い袖から手を出しボタンを留めようとしたところで、ジルの頭にとすん、とした感触があった。


(ねー、さっきなに言ってたのー?)


 ジルの頭上から子供のような声が降ってきた。どうやら水の精霊は頭の上に寝転んでいるらしい。小さな手でぽんぽんとジルの額をつついている。


「あ、ちょっと待っ、て、自分でできますっ」

「もう終わったよ」


 ネディーネに気をとられている隙に、上着のボタンはすべてナリトに留められていた。ルーファスといい、なぜこうも甲斐甲斐しいのか。ジルは世話を焼く側で、小さな子供のように扱われるのは慣れていない。気恥ずかしさから絞り出すように感謝を伝えたジルは、甘い眼差しから逃れようと頭に乗った青色のぬいぐるみに両手を伸ばした。


(きゃー)


 頭から降ろされる動きが面白かったのだろうか。はしゃぐ水の精霊と目線を合わせるため、ジルはぬいぐるみのような体を眼前に掲げた。


「ネディーネは、ムーノから私のことを聞いてるかな?」


(ルゥはまだ、精気をとらないってきいたー)


 ジルの予想した通りだった。これなら作戦は変更なしに進められそうだ。


「近々、回収する予定なの。だから――」


 精霊の姿はジルにしか見えていない。もちろん声も皆には聞こえていない。それでも事前に話し合っていたから、目配せをしただけでジルの意図はナリトに伝わった。


 ネディーネがいるであろう場所まで両腕を上げ、水の大神官は掌に文様を浮かべてみせた。


「こんな感じで両手の光る人が来たら、神殿に通してあげて欲しいの」


(ヒトはダメー。ルゥだって捕まったでしょ。通さないのよ!)


 ぽんっと水の精霊はジルの手から抜け出した。手の届かない高さまで上り、そっぽを向いている。


「この人たちは、私を捕まえたりしない。ルゥの精気を取り戻すために、手伝ってくれてるの」


(おなかのすいた子をよんで、いまも力を使わせてるじゃない。ヒトなんて信じられなーい)


「お腹のすいた子?」


(精霊のごはんは魔素なのよ。ルゥも食べてるでしょ)


 短い両腕を腰にあてたネディーネはぶーっと口をつきだし、くるりとジルに背を向けた。ルゥと同じ力を持つ自分が頼めば、上手くいくと思っていた。どうしたら水の精霊は信じてくれるのだろう。すべての人間を信じて欲しいとは言わない。今は、大神官たちだけでいいのだ。


 ――ネディーネは、今も力を使わせてるって言ってた。


 精霊は魔素を食べて活動している。魔素は魔力だ。人は魔法を使うとき、魔力を消費する。つまり、魔力をエサに精霊をおびき寄せ力を行使させている、と水の精霊は批難したのだ。今も、というのは。


 ジルは借りた上着のボタンを外しながら声を張り上げた。


「ナリト大神官様、ラシード様、デリック様、今すぐ強化魔法を解いてください!」

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