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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
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288 妖魔と友達

 人々の悲痛な思いを代弁したかのような批判は、ジルの心臓を貫いた。


 自分は知っていたのだ。魔力には、魔素が関わっていることを。大神官が祈祷で注いでいるのは、魔力であることを。ゲームで土の大神官は、祈祷していなかったことを。


 ――なにが、損をしなかっただ。


 土の大神官の故郷を救って、生界に魔素をばら撒いていた。ジルがリシロネ大聖堂の書庫でクレイグに情報を伝えたから、大神官四人全員が祈祷する状況を作ったから、魔物の変異体が生まれたのだ。


 他者には領民を優先しろと嘯きながら、自分は領民を害していたのだ。これでは本当に。


 ――妖魔だ。


 血の気が引いたジルの体は冷たく、膝の上で握り締めた手は雪のように白くなっていた。乾いた喉が貼りついて、上手く呼吸ができない。窓が、開いているのだろうか。すき間風の音が。


「冷めています。代えのお茶を」


 頭上で低く落ち着いた声がした。と同時に、ジルの体には黒い布が掛けられていた。


 赤い差し色の入った上着にはまだ、持ち主の熱が残っている。いつか介抱して貰った時のような安心感に包まれ、ひゅーひゅーと鳴っていたか細い音が小さくなっていく。


 壁際でパチッと爆ぜた音に目を向ければ、いつの間にか暖炉に火が入っていた。ラシードが火魔法で点けたのだろうか。ぬくもりを感じる木の香りが広がっていく。気がつけばジルの呼吸は楽になっていた。


「気が回っていなかった。デリック卿、ユウリに伝えてくれ」


 この時間なら厨房にいるだろうとの指示をナリトから受けたデリックは、ジルを見たあと短く請け負いあっという間に姿を消した。強化魔法をかけて廊下を疾走しているのだろうけれど、怒られないか少し心配だ。


「私が感情的になってたから……」

「僕も話の組み立てに夢中で、すみません」


 同じように眉尻を垂らしたセレナとルーファスへ、ジルは小さく頭を振った。


「私が話して欲しいと頼んだんです。セレナ神官様の反応も当然のことで……私の方こそ、中断させてしまいました」


 次にジルはラシードへ礼を伝え、借りていた騎士服に手を掛けた。するといつもの無表情で、暑いから持っていろ、と一蹴されてしまった。強化魔法で気温の調節はできるのに。ジルは手にしていた上着を肩にかけ直し、改めて礼を口にした。


「ねぇ、この話まだ続けるの。明日でもいいんじゃない」

「アタシ等はあと二日は居られるからね」


 ジルを気遣ってくれたのだろう。ここはタルブデレク領だ。土、火、風の大神官は祈祷の振りをするために担当の聖堂へ帰らなくてはならない。しかしまだ日程に余裕はあるため、焦って一度に話さなくてもいいとクレイグやファジュルは教えてくれたのだろう。


「皆さんが宜しければ、私はこのままお願いしたいです」


 まだ、知りたいことの半分も聴けていない。やっと知る機会が訪れたのだ。これ以上は先延ばしにしたくない。


 ――言葉で悔いるだけなら簡単だ。


 ジルが引き起こした事実は消えない。得た情報を、どう生かし行動するか。ジルはルーファスにそう言ったではないか。ここで背を丸めていたら、過去の自分に笑われてしまう。


 膝の上に置いた手を重ね直したとき、扉を叩く音がした。当主の許可を受けて側付きとデリックが入室する。テーブルに六客、サイドテーブルに二客を置いたユウリは、必要最低限の言葉だけを発して礼儀正しく退出した。


 ジルとセレナの前には、見慣れない色の飲み物が置かれていた。紅茶にしては濁っており、コーヒーにしてはとろりと美味しそうな香りがする。カップを手にとり覗き込んでいると、対面から陶器の重なる音がした。


「ホットチョコレートだよ。ユウリが気を利かせたようだ」

「チョコレートって飲めるんですか?!」


 食べ物だと思っていたと零したジルに、初めは飲み物だったのだとナリトは微笑んだ。あたたかなチョコレートを口に含めば、まったりとした甘さに満たされた。頬が溶けてしまいそうだ。皆のやさしさが、じわりと全身に沁みていく。


 ――心の補充はできた。


 すべてのカップが皿に戻るのを待ちながら、ジルは深呼吸を繰り返す。


 教会領では、故郷の村でも、友達と呼べる存在はいなかった。共に過ごして、こんなにも会話をしたのは弟を除けば、セレナが初めてだった。笑いあったり、叱られたり、泣かせてしまったり。ケガだって治してくれた。ジルが助けたいと思ったセレナは、ジルの大切な友達になっていた。


 ――嫌われるのは、怖い。


 それでも、だからこそ、伝えておかなくてはいけない。震え出そうとする手を握り込み、ジルは隣席のセレナへ膝を向けた。


「魔力が魔素であるのを知りながら、私は過去、祈祷を後押ししました。魔物が増えて変異体が発生したのは、私のせいです」

「えっ、ぁ……」


 戸惑いに桃色の瞳が大きく揺れた。セレナは発すべき言葉を探しているのだろう。人殺しと指をさされ、責められてもいい。事実だ。ただもう少し。


「ソルトゥリス教会の歪んだ仕組みを壊します。だからそれまでは、セレナさんの力を私に貸してください!」


 聖女制度を廃せなければ、セレナはソルトゥリス教会に囚われてしまう。ジル一人では、今代聖女は救えない。セレナの聖魔法が必要なのだと立ち上がり、深く深く頭を下げた。

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