25 ジル<15歳>
視点:ジル◇エディ
繊ノ月を過ぎジルは十五歳に、三ノ月を迎えたエディは十二歳になった。
季節が移ろわないここは、何も進んでいないような停滞感を覚えさせた。それでも姉弟の伸びた背や髪の長さが、重ねた時を表している。
ジルの心配をよそに、今日まで神殿騎士団の団長が大きなケガを負ったという報せは入っていない。五年前にした約束の通り、弟はウォーガンから月に一度、剣の稽古を受けていた。
星空の下、寄宿舎の裏庭で日常となった剣を振る。ウォーガンの長剣はジルの手に、ナリトの長剣はエディの手にあった。どちらもエディが貰った剣だけれど、弟は自分よりも一歳若い年齢で課題を達成した。男の子だからもっと力がつく、ずっとずっと強くなると思い、ジルは一回り小さい長剣を選択した。
「攻撃を誘ったら、一息に踏み込んで」
「――っふ、あああああごめん!!」
「っ……大丈夫」
エディの剣をいなし、懐に飛び込んだジルは下から斬り上げた。途中で止めるつもりだったのに、剣身はエディの胴を打ち付けてしまった。軽く振っていたとはいえ、防具は身に着けていない。エディは深呼吸で衝撃を抑えている。息が整うまで、ジルは殴打してしまった弟のわき腹をさすった。
「……でもこれは、対人の戦い方だから」
「だから?」
「魔物に遭ったら逃げろって、言ってた」
ジルは唸った。対人も重要だけれど、聖女の儀式では魔物との戦闘が圧倒的に多い。それでも、戦いの動きに慣れておくのは無駄にならないはずだ、と自分を納得させる。実戦は当然のこと、ウォーガンからも学べない以上、知識は書物から得るしかない。
――大聖堂の書庫に魔物図鑑とかあるかな。探してみよう。
それから何合か斬り結び、姉弟は自室に戻った。
◇
体を拭き終わったエディは廊下で待っていた。入れ替わる時に姉から羽織を被せられたため、寒くはない。
ここに魔物はいない。荒天も極稀なため、夜は静かなものだった。聞こえるものと言えば、少しはしゃぎ過ぎてしまった同僚達の声か、風が揺らす葉擦れの音くらいだ。自室は寄宿舎一階の奥にあった。廊下のつきあたりには窓があり、冴え冴えとした月影が差し込んでいる。
「エディ、薬を塗ろう」
窓に浮かぶ月を眺めていると、寝衣に着替えた姉が部屋から顔を覗かせていた。素振りの課題を早く終わらせたくて無理を続けた結果、手のひらにはマメやタコが沢山できていた。今日もひとつ潰れたマメがある。
硬い寝台の上に二人並んで腰かけた。横に手を差し出せば、ウォーガンから貰った保湿薬を姉が塗ってくれた。手のひらをすべる指が少しくすぐったい。
エディは姉に触れられるのが好きだった。熱が出たときも、姉が手を添えてくれるだけで、息苦しさから解放された気がした。潰れたマメには菌が入らないよう包帯が巻かれた。自由だった片方の手のひらにも保湿薬が塗られれば、今日はもう何もできない。
「ありがとう」
「どういたしまして」
姉にお礼を言ったら、いつもよりほんの少し元気のない声が返ってきた。姉は微笑んでいるけれど、今日の事や自分の手について心苦しく思っているのだと分かった。
保湿薬が擦れて無くならないよう、気を付けて寝台に入る。エディは魔石ランプの灯りを落とそうとしていた姉に、抑揚の少ない声でお願いを口にした。
「姉さん、今日は寒いから……」
「風邪を引いたら大変だものね」
返ってきた姉の声は、いつもの調子に戻っていた。薄暗くなった部屋で布の擦れる音がする。次には耳元で、ぽすりと空気の抜ける音がした。布団の中に侵入してきた冷たい空気に一寸身を縮めた後、エディは息づくぬくもりに目元を緩ませた。村にいた時と同じ、やわらかな眼差しの姉が隣にいる。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
姉は来年、成人を迎える。神官試験に合格すれば、どこの領地へ行くにせよ寄宿舎を出ることになる。
―― 一緒に眠れるのは、あとどれくらいだろう。




