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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
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252 手綱と祝い

 突然叫んだジルに、クレイグとデリックは怪訝な目を向けた。ここでなんでもないと誤魔化したところで、嘘なのは明らかだろう。それならいっそのこと、同性である二人に相談してみるのも一つの方法だ。


「えっと……ナリト大神官様のお誕生日が、来月なのですけれど」


 ジルの対面側にある、金色と赤茶色の眉が仲良く中央に寄った。


「どんなお祝いをしたらいいか、」

「「しなくていい」」


 質問を紡ぎ終える前に低音な二重奏が挿入された。


「ではお二人は、なにを貰ったら嬉しいですか?」


 二人は軽く目を見開いたあと、真剣な顔で腕を組んだ。シャンシャンと揺れる手綱、カタカタと走る車輪の音だけが流れていく。


 ――二人の誕生日はいつなんだろう。


 ゲームの通りなら、大神官たちは儀式の舞台となる季節と同じだったはずだ。ルーファスは春、ファジュルは夏、ナリトは秋、クレイグは冬。ラシードはいつだっただろうか。ジルが忘れているのでなければ、誕生日イベント自体無かった気がする。攻略対象ではないデリックについては見当もつかない。


 ――高価なものは難しいけれど、やっぱり欲しいもの、好きなものを贈るのが………………無理!


 シャハナ公爵邸を発つ前夜、ジルはナリトに言われたことを思い出した。今の自分は、ナリトが望むものを知っている。


 過去にも菓子折りのお礼がしたくて水の大神官が喜ぶものを考えたことがあったけれど、ヒロインを捕まえてくるなんてよく思いついたものだ。贈りものと称する自分の姿を想像してしまったジルに、羞恥心など浮かばない。思考に広がっているのは、冴え冴えとした冷たい空気だけだ。


 ――他にないかな。


 その時、ガタンと馬車が大きく跳ねた。考え込んでいるうちに、道は石敷きから砂利に変わっていたようだ。


「っと、落ちなくてよかった」


 咄嗟に支えた焼き菓子の包みは座席から転がり落ちることなく、ジルの隣に収まっている。道中のおやつにしようと思い、まだ一口も食べていないのだ。デリックも欲しがっていたから宿屋で分けよう。夫人は砂糖や卵、ミルクはなかなか手に入らないから、ドライフルーツや酢、アーモンドミルクで代用したと言っていた。どんな味がするのか楽しみだ。


 ――これだ!


 たしかナリトは甘い物を控えていたはずだ。あの時もチョコレートを嬉しそうに食べていたのに、結局一粒しか食べず残りすべてをジルにくれた。レイチェルとの晩餐で饗されたケーキも、ナリトの分は小さかった気がする。甘いものは嫌いではないのだ。


 ――甘みを抑えたお菓子なら、気にせず食べられるかな?


 問題はジルが作り方を知らないことだ。故郷では菓子なんて幻の食べ物だった。教会領に移っても教養の講義や女神の降臨祭で配られるだけで、自分たちで作る機会はない。セレナは時折り菓子を作っていたから、訊けば教えてくれるだろうか。


 敷地内であれば好きなように過ごしていいとナリトから言われているため、厨房は借りられるだろう。それに使用人たちの目があるところで作ったほうが、余計な疑いをもたれなくて済む。水の大神官の弟は、毒によって亡くなったのだから。


 ――でも、材料は自分で用意したいな。


 贈り物なのに、受け手の所有物を消費しては意味がない。聖神官の従者である自分に、シャハナ公爵家の使用人は市場まで同行してくれるだろうか。


「あれ? そういえばクレイグ大神官様も船に乗るんですか?」

「乗る」

「自警団や薬師のお仕事は……」

「変異体も上級ランクも出てない。薬は別に仕事じゃない。それに予後不良のヤツはいなかった」


 菓子店へ行ったのは、実は患者の具合を確認するためだったのだろうか。夫人は土の大神官のことを恩人と呼んでいた。冷たく突き放すような言動が多いけれど、なんだかんだとクレイグも面倒見がいい。ジルよりも、クレイグとデリックのほうが兄弟らしいかもしれない。


 ――さっきの反応も一緒だったし。


 二人からはまだ、質問の答えを聴けていない。しかし菓子を作ると決めたため、このまま聴かなくてもいいか、と思っていたところでデリックが組んでいた腕を解いた。なんだかスッキリした顔をしている。


「色々考えたけど、ジルが選んだものなら何でも嬉しい。ちなみにオレの誕生日は朔ノ月一日です!」

「お前が女神?」

「言わばオレはミューア先生の原型ですね。降臨祭の日に崇めてもいいですよ」


 鼻で笑ったクレイグに、デリックは笑顔で応酬していた。似たところがあると思ったら、誕生日は同じ冬の季節だったようだ。もしかして日付も近いのだろうか。


「クレイグ大神官様のお誕生日はいつですか?」

「繊ノ月十日。でも何もいらない。欲しくなったらジルに許可貰うから」

「十日!? 本当に十日なんですか?」

「嘘をつく利点がない」


 なんと、クレイグの誕生日はジルと一日違いだった。自分の誕生日に興味がなかった、むしろ来なくていいと思っていたから、こんなに覚えやすい日付でも忘れていたようだ。


 ――ん? 欲しくなったら許可を貰う?


 なにか意味合いが変わっていないだろうか。クレイグの反省を促して、今後は勝手な行動をとらないように戒めとしてジルは言ったはずだ。なにかおかしい、と違和感に首を捻ったところで馬車の音が止んだ。

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