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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
252/318

251 菓子と幼子

 白い柱が建ち並ぶ壮麗な歌劇場を横切り、喫茶店や書店、服飾店などが建ち並ぶ大通りを抜ける。馬車の往来ができない道幅に差し掛かったところで、ジルたちの移動は徒歩になった。


 通りの左右には日用雑貨や食材店、酒場などが軒を連ねている。こちらの建物は木造が多く、道行く人も庶民が多い。


 ――この人もだ。


 距離が近いため、クレイグに向けられた反応はよく見えた。短くなった前髪に驚き、晒された左目を見て惜しいといった顔つきになる。それでも人々は女神ソルトゥリスの象徴をまとったクレイグへ、祈りを捧げていた。


 焦茶色の瞳にがっかりする人が大半だけれど、なかには違う反応を見せる人もいる。


「いらっしゃいま、土の大神官様! おケガなさったんですか!?」


 幼い子供を背負った女性はクレイグの顔を見るなり驚き、心配そうにカウンターから出てきた。玉のような幼子は母親の声に構わず、すやすやと眠っている。


 ――かわいい。


 通りから少し外れた砂地の道。民家を改装したようなこじんまりとした店内は、芳ばしくあたたかな香りに満ちていた。壁にはやさしい色合いのドライフラワーが飾られており、テーブルにはふっくらとした生地にドライフルーツが混ぜ込まれた焼き菓子や、少し硬そうなクッキーが置かれている。


 そんな穏かな空間にあっても、クレイグの素っ気ない態度は変わらなかった。


「ケガなんてしてない。買いに来た」

「そ、それはご無礼を。この子の恩人さまからお金なんて頂けませんよ。薬代にもなりませんけど、全部お持ちください!」


 ケガや病気で瞳の色が変わったのではないと分かったのだろう。お詫びも兼ねているのか、夫人はテーブルの前で気前よく両手を広げてみせた。その拍子にふぁああと可愛らしい泣き声が上がる。これでは接客もままならない。あらあらと零した夫人は慣れた様子で幼子をあやし始めた。


 無言でその様子を眺めていたクレイグが、金色の髪を揺らしてくるりと振り返る。


「エディ、全部食べられる?」

「はい。えっ、僕が食べるんですか?」

「オレはいらない。荷物持ちにやるくらいなら金置いて帰る」

「ミューア先生、オレにもオヤツくださーい。ねー」


 デリックの声に続いて、まるで返事をするようにきゃっきゃと小さな声が弾んだ。いつのまに薬箱から取り出したのか、幼子の前でカシャカシャと紙袋を振っている。


「助かるわ。お兄さんにもお子さんがいるのかしら?」

「いずれ欲しいですね。オレ孤児院の出身なんで、面倒みてた時期があるだけですよ」

「まあ、ご苦労なさったのね。ローフケーキとビスコッティは土の大神官様に差し上げたから……少し待っててくれるかしら」


 何かを思いついたように夫人は踵を返し、店の奥へと入っていく。背負われた幼子はもう泣いていない。大役を終えた紙袋は、デリックの手によって再び薬箱へと戻されている。


「孤児院にいらっしゃったなんて、知りませんでした」

「貴族じゃなくてがっかりした?」

「そんなことないです! わた、僕も、似たようなものですから」


 首を振ったジルを見て、不安げに寄っていたデリックの眉がひらいた。どういった経緯で孤児になってしまったのだろうか。どこまで尋ねてよいものかジルが迷っていると、笑顔の夫人が戻ってきた。


「あやしてくれたお礼にこれ、お兄さんにあげるわ」

「!!」

「頂いていいんですか?」

「この子で四人目なのよ。私にはもう十分ご利益があったから、お嫁さんにどうぞ」

「賑やかでいいですね。ありがとうございます」


 弱点は簡単に晒すものではない。すでに、クレイグには知られているけれど。


 どうにか悲鳴を飲み込んだジルは、笑顔で言葉を交わす二人からゆっくりと距離をとった。見る者がみれば愛嬌のある作りなのだろうけれど、ジルからしてみれば不気味に笑っているようにしか見えない。


 ――魔物(カエル)は殲滅したのに……!


 こんなところで遭遇するとは思わなかった。デリックの手のひらに乗ったカエルは木彫りで表面は乾いており、拳のなかに隠せるほど小さいのが救いだ。しかし子宝のお守りだからか、それが三体も集まっていた。無理だ。


 だからこの一言は、ジルにとってまさに天の声だった。


「帰る」

「はい、少々お待ちください!」


 クレイグの言葉で店主に戻った夫人は手際よく焼き菓子を包んでいった。その際、限られた材料で作っているから貴族が口にするような上等な甘みはないけれど、愛情をたっぷり込めた自慢の品だと教えてくれた。


「よかったらお友達に宣伝してね。土の大神官様もまたいらしてください」


 店の外まで見送りに出てきた夫人は、うとうとし始めた幼子の小さな手を振り、朗らかに笑っていた。


 ◇


 外の通りに待機させていた馬車に乗った大神官一行は、ラドバンデルにある貸し馬屋へと向かっている。カエルのお守りはどこかに収めているようで、ジルの視界にはいない。


 これ以降は馬に乗り換え、タルブデレク領行きの帆船が出ている港を目指す。復路でも魔物と交戦しないなら、三、四日あれば港町に到着するだろう。


 ――帰ったら外出許可を貰って。あ、でもその前に誕生日の。


「忘れてた!」

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