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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
25/318

24 聖女と孤児

<残酷な描写あり>苦手な方はご注意ください。


視点:エリシャ◇◇ジル

 初めは護身用の短剣で、首を斬った。

 でも、控えていた聖神官にその場で治療された。剣や鋭利な物など、自傷に利用できそうな物は遠ざけられた。


 次は食事を拒否した。

 でも、魔素から栄養でも摂取しているのか、空腹を覚えるだけで不老の肉体に変化は無かった。


 次は治癒を求める者に、法外な対価を要求してみた。

 教皇や近侍はいい顔をしなかったけれど、止めはしなかった。誰でも五体満足でいたい。能う限りの金や宝石を持参してきた。


 ――それでもまだ、力は衰えなかった。


 だから次は、人を買った。

 貯まった金品を商人に握らせて、魔法の使えない孤児を集めた。一様に痩せ細っていたから、食事を与え身形を整えさせた。


 孤児がふっくりした頃、その肌を切り裂いた。

 自分は刃物を持たせて貰えないから、近侍に命じた。泣き喚く孤児に寄り添って、ゆっくりゆっくり傷を癒した。


 二人目の孤児は、片腕を斬り落とした。

 その子はすぐに気を失ってしまったけれど、他の孤児達に充分な恐怖を与えることができた。腕を失った孤児には、聖魔法を施した。


 ――大神官から、魔物が増えていると報告を受けた。


 三人目の孤児は、近侍に襲わせた。

 近侍が女の子は可哀想だと言うから、男の子を選んだ。始終しかめっ面を作っていたけれど、最後まで為せたことに嘲笑が漏れた。


 四人目の孤児は、五人目の孤児に与えた。

 黒髪と銀髪。初めて見たときに、決めていた。恐怖に支配された子等は素直に従った。快楽に耽ってゆく姿に、酷く嫌悪感が湧いた。


 ――わたくしにはもう、いないのに。


 銀髪の子は、とても可愛がってあげようと思う。

 綺麗な服を着せてあげる。美味しい食事をあげる。

 傷をつけても癒してあげる。


 ――だから、殺してもいいでしょう?


 ◇


 聖女の居室は聖堂棟三階、聖女の祭壇よりも奥に位置している。寝室、浴室、食堂、書斎、応接室。このフロアには生活に必要なものが全て揃っていた。


 身の回りの世話をする侍女、執務を管理する近侍、護衛の近衛騎士。

 不自由のない生活に自由はなかったけれど耐えられた。

 治療を願う教徒、聖女と崇める教会、魔素の浄化を支える大神官。

 エリシャにはアルデルトがいたから。


 孤児達は慰めになっても埋めてはくれない。寝室、浴室、食堂、書斎、応接室。このフロアには全て揃っているのに、必要なものはもう何処にもいなかった。


 ◇


 新年の始まり、朔ノ月にある女神の降臨祭に聖女は出席した。


 足元に達するほど伸びた射干玉の髪に、太陽のごとき金色の瞳。白い肌は十二歳の瑞々しさを保っている。その幼い容姿にはあどけなさと、実年齢である四十八歳の妖美さが同居していた。

 

 傍目から聖女の異変に気付いた者はいなかっただろう。しかし慣例である各領地への行幸は行われず、リシネロ大聖堂内で祝賀を受けただけだった。この日程が、市井で囁かれていた噂に真実味を帯びさせることとなった。


『聖女様は、長くないのではないか』


 そう問われても、神官見習いのジルが肯定できるはずもない。他領の一番近い宿場からは、馬車で一日あれば教会領に着く。魔物被害に比例して、参詣者の数は増える一方だった。

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