244 ヒトと精霊
二体目クレイラとの戦闘は、一体目よりも早く終わった。デリックが攻撃速度を下げたことによってクレイグは銃で魔物を狙いやすくなり、的確に土魔法を撃ちこんでいた。
ムーノは左右にある宝物の間、そのどちらにも入らず外で静かに待っていた。しかし静かに待っていたのは、そこまでだった。
クレイラから入手した鍵は真鍮製で、円を半分に切った形をしている。辺の部分は凸凹としており、二つを合わせることで一つの鍵となる仕掛けだ。
祭場へとつづく両開きの大きな扉。その中心にある丸いくぼみへ以前、次代の聖女ではなく護衛騎士が鍵をはめたことがあった。そのとき扉はなにも反応せず、固く閉ざされたままだった。
ルーファスからは、祭場へとつづく扉を解錠してください、と言われている。
手紙に記された通り、繊ノ月末日でなくとも土の神殿に入れた。ならば祭場へとつづく扉も、ジルならひらけるのだろう。深呼吸をひとつして、扉のくぼみへと二つの鍵をはめ込んだ。
風の神殿、火の神殿と同じ魔法陣が目の前に展開される。
鍵の円周に奔った橙色の光は瞬く間に視界を覆いつくし、宙に広がった魔法陣は扉へと吸い込まれていった。この魔法陣を見るのは三度目だ。強い光を浴びてチカチカする目はすぐに聖魔法で治した。
祭場へとつづく扉は本当に解錠されたのか。それを確かめるため、ジルは重たい扉を押した。ゆっくりと広がっていくすき間から、白い空間が覗く。
――よかった。ちゃんとできた。
そう胸を撫で下ろしたとき、勢いよく両扉がひらかれた。
「うわっ」
(上にあるの~)
重心を扉に傾けていたジルはそのまま白い空間へと体勢を崩してしまった。転ぶ、と受身をとろうとした瞬間には左右から支えられていた。二人の体躯はジルがぶつかったくらいでは揺らぎもしない。
「ありがとうございま、待って! そっちには行かないの!」
(どうして? 精気をとりにきたんでしょ~)
二人から離れ姿勢を整えたジルの体は、再び前方へと傾いた。ムーノがジルの腕を引き、螺旋階段へと移動し始めたのだ。
台座には近づくなとルーファスは書いていた。だからもう、土の神殿でおこなうことは無いのだ。近づくなと言われていたのに、ジルが祭場を登ったと知ったらルーファスはどう思うだろうか。信頼は、簡単には回復できない。
ムーノに腕を引かれたジルは、これ以上は進むまいと螺旋階段の一段目に足を突っ張った。片腕を前に伸ばし踏ん張っているジルの姿は、ムーノが見えない二人には奇妙な姿に映っただろう。
「違う。今日は、扉をあけにきただけ!」
(またヒトにとられちゃ、うぎゅっ)
ムーノの喉から空気が潰れたような音がした。と同時にジルの腕は自由になっていた。ぐいぐいと螺旋階段の上へ行こうと引っ張っていた橙色のぬいぐるみは。
「本当になんかいる。これ倒せばいいの?」
首根っこを掴まれていた。クレイグはムーノを捕まえているけれど、怪訝な視線は定まっていない。姿は見えておらず、当て推量で手を伸ばしたようだ。居場所を当てられたムーノは頬をふくらませ、短い腕をクレイグへ伸ばしている。
(はなせ~)
「ダメ!」
神殿内に入る前、ムーノは手を伸ばしたデリックを攻撃していた。それを思い出したジルは咄嗟にムーノを奪い、クレイグに背を向け抱え込んだ。直後、強い衝撃を受け息が詰まった。嫌な汗が滲み、圧迫された胸は呼吸のたびに激痛を連れてくる。ムーノは捕まったのがよほど嫌だったのだろう。
――痛くない。治った。
攻撃されたと分かったら話が拗れてしまう。二人に気付かれる前にジルは自己回復した。痛みの消えた胸はなめらかに上下し空気を運んでくる。腕のなかにいるムーノは、本物のぬいぐるみのように大人しくなっていた。ジルは項垂れた橙色の頭を大丈夫だと撫でてやる。
「また、ここに来ると思う。だからもう少し、護っててくれないかな」
祭場へ続く扉をあけただけで終わるとは思えない。仮にムーノが護っていたというルゥの精気を回収するとしても、今はまだその時ではないのだろう。
(ぼくのこと、きらいじゃない? サンラドはごめんなさいしたけど、行っちゃったって……)
知らない名前が出てきた。謝罪された覚えがなければ、それを無視した記憶もジルにはない。ならばサンラドという存在はムーノと同じ、ルゥの関係者なのだろう。
「嫌いじゃないよ。サンラドのことは、私が気付かなかったんだと思う。どこにいたのかな?」
(ヒトが、火の神殿ってよぶところ。サンラドも、ルゥの精気をまもってるの)
――やっぱり何かいたんだ!
火の神殿へ入る前と出た後。ジルは二度、子供のような声を聞いていた。しかしあの時は火球が迫っており聞き入る余裕がなかった。サンラドはどこにいたのだろうか。ムーノのような、橙色の小さな子供は見なかった。
「サンラドはムーノに似てる?」
(ルゥが思うなら、にてる。でも火の精霊だから、赤いの~)




