243 土の神殿
先ほどまで地に埋まっていた半球型の屋根をもつ荘厳な建造物は、美しい白壁を秋空のしたに晒していた。
地上に露出した主塔だけを覆っていると思われた水晶は、どうやら土の神殿すべてを包んでいたらしい。陽射しを受けた透明な石は、周囲の土壁へキラキラと七色に光るカーテンを描いていた。
神殿内に入ったジルたちは、クレイラが持っている鍵を入手するため宝物の間を訪れた。
(ここきらい)
扉をくぐる直前、ジルの腕にくっついていたムーノがサッと離れた。のんびりと話すムーノにしては短く硬い声音で、魔物の気配を感じたのか怯えが含まれていた。
土の神殿にいるクレイラは、鶏の頭に蠍の尾、馬を思わせる胴体には、やはり鎧が装着されていた。弱点は土魔法だから、クレイグを主力に戦闘を進めれば苦戦することはない。
「あの一発、オレを狙ってましたよね」
「いい目くらましがあったから使っただけだ」
一体目と戦ったとき、クレイグはデリックの背中めがけて銃から土魔法を撃ちだしていた。瞬きの間もなく着弾した魔法は岩の杭となり、魔物の喉元を貫いていた。
その直前まではデリックが双剣で戦っており、クレイラはちょうど、鋭いくちばしを突き出さんと喉ががらあきとなる引きの動作をとっていたのだ。その隙を見逃さず、クレイグは土魔法を放ったのだろう。
一緒に戦っていたのが動きの素早いデリックだったから回避でき、問題なく討伐できたものの、これがラシードだったら土魔法は魔物へ届く前に、大剣で防がれていただろう。それは同士討ちに他ならない。
「大ケガに繋がりますから、今後は事前に打ち合わせをしてください」
「目の前でちょろちょろ動くコイツが悪い」
「女神先生は狙撃が苦手のようで。剣、教えましょうか?」
悪びれる様子もないクレイグに、デリックは笑顔で剣を掲げてみせた。
前衛のデリックは素早さの上がる身体強化魔法が得意で、敵をかく乱するように戦う。対して中衛の位置で戦うクレイグは静かに的を狙い、針に糸を通すような精密さで敵を撃ち抜く。
土の神殿に至るまでの道中、魔物と遭遇しなかったため、お互いの戦い方を学ぶ機会が無かったのだ。協力して戦うのは今回が初めてだから、連携がぎこちないのは仕方ない。それでも。
「悪ふざけが過ぎる人は嫌いです」
(きら~い)
宝物の間の外でひとり待っていたムーノを抱え、ジルはもう一つの鍵を入手せんと歩を進めた。
ジル一人でクレイラに勝てるのかといえば、大変な苦戦を強いられるだろう。弱点の土魔法が使えないため、自己回復しながら長時間戦うのは必至だ。だから、背後から二人分の足音が聴こえてジルは内心ほっとした。
「次は撃つ前に声かける」
「弾道読み易いんで目閉じてても」
「デリック様」
茶化そうとする騎士をジルはひと睨みした。デリックは避けられても、他の人が避けられるとは限らない。クレイグも本気で殺傷を狙ったわけではないだろう。しかし、傷つけてからでは遅いのだ。
「ケガは聖魔法で治します。でも、信頼は簡単に回復できません」
太陽の色を宿したクレイグは幼少から女神に愛された子だと褒めそやされ、同時に救いや助けを祈願されてきた。クレイグは崇拝される側で、助けを求める側ではない。汚点である焦茶色の片目を長い前髪で隠し、周囲をがっかりさせまいと独りで立ってきたのだ。
クレイグのもつ絶対的な自信は、幼いころから自分に言い聞かせてきた結果なのだろう。その行為は、他人に頼るという選択肢を排除してしまった。
「ジルがいたらいい」
「私はクレイグ大神官様と、皆さんがお友達になってくれたら嬉しいです」
頼られるだけじゃなく、頼ってもいい存在。それは信頼関係がないと成り立たない。なんだかんだと言いながら、デリックはクレイグを見限らなかった。先ほどの戦闘だって、冗談で流そうとしてくれた。ジルは早々に突き放してしまったというのに。
「手始めに、デリック様と仲良くしましょう」
ジルは二つの手をとり重ねた。金色の眉根は不機嫌に寄り、赤茶色の眉は面白がるように上がっている。
「それオレが宿屋で言ったやつ」
「デリック兄さんを真似てみました」
「……ジルが言うなら、考えてはおく」
地を這いそうな声音ながらも、クレイグはデリックの手を握った。これで一段落だろうか。交差した橙色と深緑色の視線になごやかさはなく、握りあった手は少々強く締められているようだけれど。
(ルゥは、仲良しがすきだね)
ジルの腕から解放されたムーノは肩に移動していた。浮遊しているためか重さは感じない。その小さく軽い体へジルは微笑んだ。
「うん。好き」
戦ってはいけない、なんて言うつもりはない。互いに譲れないものがあるからぶつかるのだ。しかし、争わなくてすむのならそれが一番だ。正しい答えはきっと、想いの数だけ存在している。
もう一つの鍵を取りに行こう。そう声を掛ければ、なぜか二人とも目を泳がせていた。長く握手をしていたから、照れくさくなったのだろうか。




