241 毒と薬
土の神殿は森のなかに、正確にいえば祭場のある主塔を残し地中に埋まっている。本来の儀式日に訪れたなら、地下への入口はすぐにみつかっただろう。
ジルにはどういう仕組みか理解できないけれど、地表にでた主塔は巨大な水晶に覆われており普段は目に見えない。それが繊ノ月末日になると姿を現し、水晶に反射した陽光が差した先に地下への入口があるのだ。ちなみに場所は毎年異なるらしい。
しかし今は六ヶ月も早い九ノ月だ。雪化粧をほどこされているはずの森はまだ色彩を失っておらず、澄んだ空は高い。
大神官一行は、およその目安である森の中心を目指していた。ここでもクレイグの希望に沿い、草根や樹皮など薬の材料になるものを採取しながら進んでいる。
どうやら土の大神官は度々ここを訪れているようで、馬を繋ぐため森の入り口に建つ管理小屋に立ち寄った際、偶然行き交った神官から挨拶をされていた。
ここで何をしているのかと不審がられ追い返されるのでは、とジルは内心ハラハラしていたけれど、クレイグは慣れた様子で薬草入りの袋を神官に渡し、土の聖堂へ運んでおけと指示していた。
この状況を知っていたからナリトはクレイグに声を掛けたのだろう。普段から訪れているのなら、儀式の期間外でも怪しまれない。
――ゲームでは薬なんて作ってなかったのに。
「……なに」
「この豆は、なんの薬になるんですか?」
葉の陰へ隠れるようにして下がった赤茶色のさやをナイフで切り取る。これを何度か繰り返し、一株分を集めたところでジルは豆の入ったさやを掲げた。
「毒」
「どく!?」
叫んだと同時に草むらへさやを放り投げていた。見張りについていたデリックは、毒の材料を追うクレイグへ訳知り顔で頷いている。
「毒は薬にもなる、ってヤツですね」
「薬も飲み過ぎたら毒になる。これは別の毒を相殺する」
「聖魔法とは違うんですね……。薬の量を間違えてしまったらって、不安になりませんか?」
「オレは間違えない」
迷いなど一切なくクレイグは言い切った。拾い上げた赤茶色のさやを袋に入れ、なにか言いたげに口元を動かしているデリックへ押し付けた。
「調合した本人が不安に思う薬なんて誰が飲むんだ」
不機嫌に鼻を鳴らしたクレイグは、ジルの兄役を一睨みして歩き出した。秋晴れのした、一足早く黄葉したような髪がきらきらと輝いている。クレイグの絶対的な自信はどこからくるのだろう。堂々としたその背中が振り返った。
「エディが近づくだけでいいんだよね」
「そう、みたいです」
ゲームの通りなら地下への入口が示されるのだろう。
ルーファスの手紙には、欠損を癒せたジルなら儀式の日を待たず路は開かれる、と書かれていた。腕を再生したのはあの一度だけ。毎日振っている剣は自信を持てるようになったけれど、聖魔法は自己回復しかできなかった記憶が強く、いまだに半信半疑だった。
「何もなかったら底抜けが悪いだけだし、テキトーに歩いて帰ればいいんじゃない」
積極的に薬草を採取する歩みの遅いジルの胸中を見抜いて、クレイグは励ましてくれたのだろう。
「これ終わったらラドバンデルに行こう。エディ、行ったことある?」
クレイグに感化されたのか、デリックの明るい声が隣から聞こえた。ジルのローナンシェ領は故郷の寒村と、歩いて一時間の隣町だけだった。
「ないです。土の聖堂がある都市ですよね」
「そう、歌劇場とか皮剥ぎとかごちゃ混ぜの街」
「観光ですか?」
気遣ってくれたデリックには悪いけれど、街並みを観てまわるだけならジルは早くタルブデレク領へ戻りたかった。そんなジルの胸中を知ってか知らでか、デリックは人好きのする笑みを浮かべた。
「買いたい物があるんだ」
「オレも行く」
「エディの許可を貰ってください」
間髪を入れずクレイグが食いついた。許可という言葉に反応した橙色の瞳は、不安と期待に揺らめいている。薬には不安なんて欠片も含まれていなかったのに。
――お店に、お祝いの参考になるものがあるかな。
「日程が合えば一緒に行きましょう、クレイグ大神官様」
二日後は祈祷の日だ。魔力を注ぐ振りをするために、土の大神官は聖堂に居なくてはいけない。だから条件付きでジルは許可を出した。途端に金糸の髪と同じくらいクレイグの瞳が輝いた。
「早く歩いて帰ろう」
「あの、目的が変わっていませんか」
ここに来たのは、神殿内にある祭場へと続く扉を解除するためだ。散歩に来たわけではない。足早に探索を終えようとするクレイグの背を追ったそのとき、視界のなかで何かが光った。
瞬間、森が震えた。統制をなくした羽ばたきが空を覆い、樹々はその身を揺らして葉の雨を降らせている。
「「ジル!」」
地揺れはガットア領の廃鉱で経験している。しゃがんで揺れに耐えていたジルは、駆け寄ってくれたデリックとクレイグに大丈夫だと告げようとして、固まった。
(ルゥ、おかえり~)
神殿騎士と土の大神官。二人の間に、知らない子供がいた。




