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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
241/318

240 素直と異常

 クレイグの視線は何も乗っていない手のひらから、すぐにジルの手元へと移動した。自分の瞳と同じ色を宿した魔法石を見て、金色の眉根が寄った。しかしその表情は見慣れた不機嫌顔というよりも、泣くのを堪えているようで。ぎゅっと引き締められていた唇が、恐る恐る動く。


「しない。ジルに確認する」

「訊くだけじゃなくて、私が許可しないとダメです」


 クレイグならジルの返事を聴くことなく、宣言したから確認はとった、と言い出しかねない。そうではないのだと認識させるため、ジルは講師のような口ぶりで言い聞かせた。すると反抗的だった生徒は随分と反省したようで、驚くほど素直な反応が返ってきた。


「分かった。いいって言うまで待ってる」


 素直なのは、紡がれた言葉だけではなかった。細められた右目からはやわらかな陽だまりが溢れ、喜びを隠せない頬は花が綻んだように色付いている。こくりと頷いた拍子に、金糸の髪がさらりと煌めいた。


 クレイグの表情は、時折りみせていた挑発的な笑みとはまったく異なる造形をしていた。人形のように整った顔の威力を遺憾なく発揮している。


 ――か、かわ。


 可愛い。と思ってしまった瞬間、ジルは表情筋を引き締めた。自分は怒っているのだ。ここで目尻を下げてしまっては台無しになる。しかし、気性の荒い動物がなついてくれたような感動と嬉しさがあるのも事実だ。


「二人ともよく仲直りできました」

「触るな」


 金色と茶色の頭にデリックの手が伸びてきた。瞬間、クレイグは騎士の腕を払いのけていた。邪険にされていないもう片方の手は、ジルの頭をぽんぽんと叩いている。助かった。視線をクレイグからデリックへ移したジルは、頬に込めていた力を抜いた。


「仲裁、ありがとうございました」

「惚れ直した?」

「目あけて寝てんの」


 不機嫌な視線が刺さっているけれど、デリックの笑顔は変わらない。惚れるという感覚は分からない。それにジルの胸に浮かんだ想いは。


「ウォーガン様、……あ、デリック兄さんでした!」


 義父に比べてデリックの髪色は赤みが強く、体格はずっと細い。見た目はまったく異なるけれど、二人を諭す様子はどこか義父を思い起こさせた。しかし親というほどデリックとの年齢は離れていないため、ちょうど扮していた兄弟でジルは言い表した。


 するとなぜかクレイグの機嫌が回復した。デリックは相変わらず笑っているけれど、口の端が若干歪んで見える。


「良かったね、デリック兄さん」

「オレは頼りがいがあるって意味ですよ。エディ、上の個室を借りるか?」


 先ほどの事を心配して気遣ってくれたのだろう。いつもの軽い調子でデリックが問えば、クレイグは口を噤みジルから顔を背けた。長い前髪に隠れて表情は見えない。


 デリックは二人についてどこまで把握しているのだろうか。そもそもどうやって大部屋に入って来たのか。気が付けばジルは質問に質問を返していた。


「扉は鍵がしまっているのに、どうやって入ったんですか?」

「やっぱり閉まってたか。窓に直行した自分を褒めたい」

「まど。ここ、二階ですけれど……」

「手とか足がちょっとでも引っかかれば登れるぞ」


 そういえばガットア領ではラシードも高い鐘塔に難なく登っていた。それはつまり、三階の部屋も同じで。


「ここで大丈夫です。なにかあってもデリック兄さんがいるので」

「ん、兄が壁になってしっかり弟を護ってやる」


 上の階で一人眠るよりは、近くに誰かがいてほしいと思った。クレイグはきっとジルとの約束を守ってくれるだろう。


 窓側からクレイグ、デリック、ジルの配置で眠ることになった。これについてクレイグはなにも言わなかった。


 ◇


 ウィンルードの町を発って二日後。大神官一行は土の神殿へと至る路を馬で進んでいた。


 ここまでの道中も、薬草の採取や販売をおこなった。そしてここでも、魔物とは戦わなかった。


 ローナンシェ領の南東に位置する港町から北西へと進路をとり、土の神殿を目指した。教会領に近いほど魔物との遭遇率は低下するとはいえ、聖女の儀式が始まってからこんなことは一度も無かった。


 帆船を降りて二日目の夜、ジルは期待を込めてクレイグに訊ねていた。もしかして、魔物の数が減っているのではないか、と。しかしクレイグから期待した言葉は返ってこなかった。


 魔物と戦闘しなかったのは、ジルたちと合流してから。ただし、自警団から新たな変異体を確認したという報告は入っていないということだった。


 ――変異体が増えていないのは、いいことだけれど。


 どう考えても異常だ。次代の聖女であるセレナがいないから、魔物が襲ってこないのかとも考えた。しかしそれなら、他の人々にも被害はでていないはずだ。


 ルーファスはこの現象についても何か知っているだろうか。手紙の件にしても、なぜすぐに理由を話してくれないのか。


 ――会いに来てくれても……じゃない。私から訊きに行けばいいんだ。


 手紙にはソルトゥリス教会の印章が入っていた。ルーファスは風の聖堂かリシネロ大聖堂にいるのだろう。タルブデレク領に戻ったら、セレナとナリトに許可を貰おう。時期はナリトの誕生日後になるだろうか。


 その為にも、まずは土の神殿を探さなくては。ジルは視界の先にある森を見据えた。

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