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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
240/318

239 崇拝と同情

「放せ荷物持ち」

「荷物持ってるんで褒めてください。遅くなってごめん、ジル」


 舌打ちするクレイグを拘束したまま、デリックは眉尻を下げた。身を起こし呼吸を整えていたジルは首を振り、笑みを刷いてみせる。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 声は震えなかった。それでもデリックの瞳から心配の色は消えなかったけれど、一通りジルを観察して話しを続けてもよいと判断したようだ。両腕に土の大神官をぶら下げた騎士は金色の頭に視線を落とした。


「力で抑えつけるのは最低な手段ですよ。構って欲しいからって方向性間違ってません?」

「お前には関係ない」

「ありますよ。オレ護衛なんで」


 短く吐き捨てるように笑ったクレイグはその場でしゃがみ込み、拘束から抜け出した。流れるような動作で落ちていたナイフを拾い上げ、振り向きざま騎士へと投げ込む。喚起する間も無かった。ナイフは微動だにしないデリックの腕を掠め、木壁にトンと軽い音を立てた。


「酒で頭がイカれたか?」

「オレはあの一杯しか飲んでないです。ただまあ、判断を誤ったのは認めます。土の大神官様がここまで性急だとは思いませんでした」


 それはジルが尋ねたからだ。支配欲との混同を疑ったから、クレイグは一層むきになってしまった。向き合ってもケンカになるのなら、もう離れるしかない。


 ジルは皺だらけになった寝床から立ち上がり、対峙する二人の間に身を差し込んだ。いつもの笑顔を収めた赤茶髪の騎士を見上げる。


「先にナイフを出した私が悪いんです。ケガ、しなくてよかった」


 デリックの傍を通り抜けた刃は布だけを裂いていた。袖にかけていた手を離し、ジルは身を翻した。少し高い位置にある橙色の瞳を見て、すぐに視線を落とす。


「嫌うなど恐れ多いです。金色の髪も、太陽のごとき瞳も尊ぶべきもので、私のような者が触れてはいけなかったのです」


 自身の片耳に触れたジルは跪き、土の大神官へ恭しく両手を掲げた。揺らめく橙と焦茶の小さな魔法石は、ずしりと重い。


「土の大神官様へ刃を向けた私に、女神ソルトゥリス様のご加護を賜る資格はございません」


 顔は上げられなかった。先ほどの会話から、ジルのこの態度がどれだけクレイグを傷つけるのか分かってしまったから。崇拝は理想の押しつけだ。自身が望んだ姿しかみていない。


 沈黙が続くなか、おもむろに床板が軋み、ジルの手のひらからイヤリングが無くなった。結局、クレイグが望んでいないものしか返せなかった。土の大神官はエディに危害を加えようとするだろう。それがもっとも、ジルに嫌われる方法だと理解している。


「触るな」

「誰かが取らないと根が生えますよ」


 予想外の言葉に思わず顔が上がる。仰ぎ見た小さなイヤリングは、騎士の手にあった。クレイグは睨みつけるだけで取り返そうとはしない。そんな射殺さんばかりの視線を浴びながら、デリックはジルの横に膝をついた。


「人を煽るなって言ったの覚えてる?」

「……神殿騎士団の演習場で」

「そう。風の大神官様にはまだだけど、オレは水の大神官様に謝ったよ」


 大きな手がジルの頭に乗せられた。言い聞かせるような手の重みに合わせて、茶色になった前髪が沈む。


「オレとしてはライバルが減るのは大歓迎なんですけど、それでジルが危ないのは困るんですよね。嫌われるより、好きになって貰う方向にしません?」


 ジルと同じ目線にある赤茶色の頭は、土の大神官を見上げて傾いた。長い前髪に覆われていない右目がデリックを見下ろしている。どのくらいの沈黙が続いただろうか。夜風に紛れて微かな声が聞こえた。


「そんなの知らない」

「黙ってても女神先生って老若男女にモテモテですもんね!」


 デリックの声には羨望と同情、少しの呆れが含まれていた。騎士はジルの手を引いて立ち上がり、クレイグの前にイヤリングを差し出す。


「手始めに謝ったらいいんじゃないですか」


 自身の瞳と同じ色を宿した魔法石に目を据え、クレイグはまた黙り込んでしまった。


 聖女の解放を決意したのはクレイグと約束する前だった。けれど、ジルから破った事実は変わらない。デリックを諫めた言葉は、過去の自分が口にした言葉だ。ジルは深呼吸をして、背筋を伸ばした。


「護る――――のに、怖――――ごめん」

「ひどい事を言って、申し訳ございませんでした」


 二つの声が重なった。正直、自分の声が大きくて正確には聞き取れなかったのだけれど、今のはクレイグの声だった。下げていた頭を戻せば、目の前にイヤリングがあった。


「着けなくていい、捨ててもいいから。…………返さないで」


 最後の一言は聴き取れるかどうかの、とても小さな声だった。長い金糸の前髪は顔の半分を覆い、橙色の瞳は伏せられたまつ毛に隠れている。それでも、クレイグが唇を尖らせているのはよく分かった。


 魔法石に籠められているのは攻撃魔法だけではない。クレイグの想いも、籠められているのだ。


 あの日、護ると言ったクレイグの言葉は嘘ではないと思う。しかし、その想いがいつまた変容するかジルには分からない。だから今、答えられるのは。


「クレイグ大神官様が同じことをしたら、これを割ります」

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