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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
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237 中止と寝床

 クレイグと二度もケンカ別れしたジルは気が引けており、役職名で呼んでいた。それが当人は気に入らなかったようだ。窓際の寝床であぐらをかき、上目遣いになった橙の瞳がジルに不満を訴えている。


「オレも名前がいい。祈祷を止めたご褒美貰ってない」


 デリックのように、自分のこともクレイグと呼んで欲しいのだろう。祈祷というのは、先月ルーファスから届いた中止依頼のことを言っているのだろう。しかし、ファジュルの説明ではローナンシェ領宛ての手紙は。


「祈祷の日に、間に合ったのですか?」

「先に底抜けから届いた。弟の振りしたり死にかけたり、なにしてんの」


 つまり、ジルがガットア領から送った手紙は間に合わなかったけれど、同じ内容が届くだろうと予測して風の大神官の指示に従ってくれた、ということだ。ナリトだけでなく、クレイグにまで思考を見透かされているようでなんとも落ち着かない。それに、ジルが魔力枯渇で寝込んでいたのをどうして土の大神官も知っているのだろうか。情報源が気になるところだけれど。


「信じてくださり、ありがとうございます」


 ジルは姿勢を正し、腰を折った。一度目はリシネロ大聖堂の書庫で、大神官の責務を何度も説いて怒らせてしまった。二度目は風の聖堂で、向けられた想いから目を逸らし追い返してしまった。


 それでもクレイグは、ジルが望むことを考え行動してくれたのだ。胸があたたかくなるのと同時に、ぎゅっと苦しくなった。クレイグはどんなに不機嫌な時でも、耳を傾けてくれていたのに。ジルは弟という名のフタをして、取り合おうとしなかった。


 自分がいま返せるものはなんだろうか。クレイグが望んでいることは。ジルはカーテンのない暗い窓に近づいた。


「これまでにあったこと、これからのこと。クレイグ大神官様に、お話しします」


 あの日からいくつもの朝を迎えて夜になってしまったけれど。窓際の寝床に腰掛け、がらんとした大部屋でひと際輝く金糸の髪を梳いた。


 ◇


 ジルが話している間、クレイグは終始不機嫌な気配を漂わせていた。


 伝えたジルの目的は、ルーファスやナリトへ話したのと同じ内容だ。ゲーム、弟の最期、クノスの事は言わなかった。もちろん、大神官や騎士たちとの詳細なやり取りも省いている。


 魔法石のお礼を言いたくて、ガットア領でひとつ使用したと話した時はクレイグに耳を触られ肩が跳ねた。しかしジルはすぐに身を退き、ご飯になるのを阻止した。眉間の皺が深くなる前に話題を腕の再生に移してみたところ、やはりクレイグは知っていたようで驚かなかった。


「かん口令が敷かれているはずですけれど、どうしてご存じなのでしょうか?」

「水の大神官から聴いた。あいつの邸にいたから」


 ファジュルに続き、ここでもナリトが話していた。水の大神官はそんなにお喋りだっただろうか。いや、そもそもタルブデレク領にいたナリトが、ガットア領にいるジルの様子を知っているのもおかしい。ならば情報源は。


 ――ファジュル大神官様、かな。


 そこには何か利益が絡んでいるのだろう。ラバン商会の会頭は一体なにを儲けたのか。ジルの思考が逸れ始めたとき、隣から面白くないとばかりに鼻が鳴らされた。


「聖女の儀式が終わるまで我慢できたら、ご褒美くれるって言ったよね」

「いいました、ね」


 リングーシー領で魔物調査に行ったとき、確かにジルは請け合った。あの時は姉という存在が欲しいのだと思っていたけれど、今ならなぜ自分の名前が呼ばれたのか分かる。


 しかし水や風の大神官に比べると、土の大神官とは正直接点はほとんど無い。出会って一年ほどしか経っておらず、書庫で一緒に聖典を読んだくらいだ。その短い期間クレイグが笑うことはほとんどなく、あまり楽しそうには見えなかった。


 今もジルの隣で、人形のように整った顔の眉間に皺を刻み口を尖らせている。


「聖女殺すなら儀式関係ないよね」

「解放です」

「消えるのは同じ。ねぇ、初めからそのつもりだったの?」


 薄手のマットを重ねた寝床がわずかに沈んだ。クレイグは片手をついて身を乗り出し、隣に座ったジルを覗き込んでいる。金細工のようなまつ毛に縁取られた夕焼け色の右目が細められた。左目は長い前髪に隠れて見えない。


「守る気なんてないのに、約束したんだ。ならオレも、我慢しなくていいよね?」


 金糸の奥に隠れていた焦茶色の瞳が、ジルを見下ろしていた。逆光となった魔石ランプはクレイグの輪郭を浮かび上がらせ、陽が差し込んだようにきらきらと毛先が揺れている。


 見上げた先にある金色の陽射しが額にかかった直後、ジルは寝床に倒された頭を小さく振った。


「弟のように親しもうと思ったのは、嘘ではありません」


 影を落としていた熱が、ぴたりと止まった。

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