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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
237/318

236 ミルクと大部屋

 無事に部屋割りが決まったところで、そのまま夕飯を食べる運びとなった。献立はない。その日手に入った食材の料理が提供されるだけで、食べ足りないなら自分で調達してくる仕組みだ。


 人の数より、壁に据えられた魔石ランプのほうが多いのではと思える宿屋の酒場。そこの一角に大神官一行は陣取った。


 長方形の木製テーブルは傷や染みがあったりと綺麗とはいえない見た目だ。魔物が増える前は旅人の喧騒で溢れていたのだろう。人を感じられる痕跡は、触れるのもためらってしまう豪奢な調度品よりも親しみを覚えた。


 ちなみにジルは一人で座り、その対面にクレイグとデリックが並んでいる。席決めでも平行線を辿った結果だ。


 六人掛けのテーブルには、実に庶民らしい茶色の料理が並んでいた。淡白な味がする川魚のフライ。付け合わせの丸い塊はコーンの生地を揚げており、ほんのり甘みがある。他には薄切りの芋を焼いたものがあった。


 最後にガシャン、と三つのビアマグが置かれ白い泡が跳ねた。泡のすき間から見えた液体はこれまた茶色だ。


「食いもんはこれだけだ。酒はあるんでじゃんじゃん注文してくれ」

「ミルクとか、他の飲み物はありませんか?」

「ここをどこだと思ってるんだ」

「おやじさん、酒代と同じでいいから一杯ちょーだい」


 ジルの向かい側に座った兄役は、にこにこと人好きのする笑顔を浮かべている。テーブルの前に立った店主はそれへ鼻で笑って返した。


「にーちゃん、ミルクのほうが高ぇって知ってて言ってるな」

「そうなんですか?!」

「二日酔いに効くヤツ置いてってやる。それと交換でいいだろ」

「そりゃ助かる。いくらでも買いに行かせよう」


 酒よりミルクのほうが高いなんてジルは知らなかった。教会領では日常的に飲んでいたし、村にいた頃は報酬としてたまに持ち帰っていた。クレイグの提案にのった店主は調理場の奥へ声をかけ、下働きの男性を使いに出した。


「ありがとうございます」


 程なくしてミルク缶が届けられた。この量なら明日の朝も飲めそうだ。ジルは食事の手を止め、交渉してくれた二人に改めて礼を伝えた。今年成人したはずの大神官と、飲み慣れているであろう騎士は初めに出されたビアマグを傾けている。追加の酒は頼まず、食事は終わりを迎えそうだ。そんな時、テーブルに人影が差した。


「似た奴がいると思ったらやっぱデリックか! なんだ非番か?」

「ん?」

「オイオイ、神殿騎士様くらいになると下々の人間なんて忘れちまうのか。ケイシーちゃんも心配してたぞ」

「手紙は出してる。懐かしいな、何年振りだ? てかなんだそのヒゲ」

「カッコいいだろ。俺いま流れの用心棒やってんだよ」

「似合ってるけどそれとヒゲがどう関係すんだ」

「箔付けだよ、箔付け」


 デリックと親しそうに話す大柄の男性は二ッと笑いヒゲをさすった。唇のしたから一本線が伸び、顎は毛で覆われている。格好いいかどうかは分からないけれど、粗野な印象を与えるのは確かだ。


「キレイどころ侍らせて羽振りがいいな。今夜は朝まで、っと、なんだよ」

「土の大神官様、先に部屋入っててください。オレこいつともう少し飲んでるんで」

「だい? は?!」


 ヒゲの男性がジルの隣に腰を下ろそうとした瞬間、座っていたはずのデリックが腕を掴んでいた。ジルが飲まなかった手付かずの酒を男性に渡し、別のテーブルへと移動している。


 二人を一瞥したクレイグは無言でジルの手を取り歩きだした。同じ空気を吸いたくもないといった雰囲気だ。


「お先に失礼します」


 デリックと男性、それにちらりと聞こえた名前の人とはどういった関係なのか気にはなったものの、部外者がいても邪魔なだけだろう。ジルは慌ててミルク缶を掴み、手を引かれるまま酒場を後にした。


 ◇


 通常、大部屋は出入り自由で扉に鍵はかけられていない。防犯性はまったくないけれど、その分宿泊代は格安だ。そこを今夜ジルたちは貸し切っているため、店主から扉の鍵を預かっていた。


「閉めたら、デリック様が入れませんよ」

「一生戻って来なくていい」


 二階の大部屋に入るなりクレイグは真っ先に錠をかけた。出入口はここ一つだけで、あとは窓がついているくらいだ。カーテンは無く、ひんやりとした夜風が素通りしている。


「分かりました。僕が起きて待っています。とりあえず寝床を作りましょう」


 雑魚寝が基本の部屋に寝台はない。壁際に積まれた寝具は好きに使っていいと店主から言われているため、ジルはできるだけ清潔そうなものを選び出した。クレイグに手伝ってもらい、部屋の中央に三つ、等間隔で薄手のマットを敷いていく。その上へさらに同じもの何枚か重ねれば、少しは厚みができた。


「端を持ってください。そのままピンと張って……折り込んで……」


 宿泊棟での奉仕技術が思わぬところで役に立った。布の品質は到底及ばないけれど、見栄えだけなら十分ではないだろうか。ルーファスからコツを聴いていたお陰だ。


「できました! お手伝いありがとうございました、土の大神官様」


 動いてあたたまった体に吹く夜風が気持ちいい。思わぬ充足感に笑みを浮かべれば、土の大神官は口を尖らせていた。


「名前」

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