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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
236/318

235 先生と平行線

 馬と人、双方に無理がでないよう適度に休憩を挟んだ。クレイグが薬草を採取するというから少し寄り道もした。だというのに、魔物とは一度も交戦しなかった。神殿騎士と大神官が倒したからジルの出番はなかった、というわけではない。道中、一体も魔物と遭遇しなかったのだ。


 大神官一行は、町の診療所に来ていた。三角屋根をもつ木造の平屋を二つくっつけたような形をしている。手前を診察に、奥を住居として使用しているのだろう。


「夜に来ると思っていましたよ、ミューア先生」


 勝手知ったる様子で入ってきたクレイグを追い出すこともなく、診療所の主は柔和な笑顔で三人を迎えた。ここは民間運営なのだろう。初老の男性は法衣を着用していない。


「荷物持ちがいたから早く着いた」

「お弟子さんですかな」

「荷物持ち」


 不機嫌に強調したクレイグと、やわらかに問うた診療師。二人は孫と祖父くらい歳が離れているようにみえる。それでも初老の診療師が敬意をもって接しているのは、相手が土の大神官だからだろうか。


 クレイグは、誰もいない診察台に木箱を置くようデリックに指示を出した。留め具が外れ中央から半分に割れた木箱の内側には、沢山の小さな引き出しが付いていた。三つに仕切られた引き出しは五段あり、一番上の列だけ仕切られていない。


 クレイグは左右の引き出しから手際よく小さな紙包みを取り出していく。


「解熱、鎮痛、止血。あと足りないのは?」

「咳止めはあるかい」


 診療師の要望に応え、診察台には追加の包みが増えた。一番上の広い引き出しから冊子を取り出し、何かを書きつけたクレイグは紙をやぶり診療師へ渡した。


「おーい、ミューア先生に支払いを頼むよ」

「はあい。あらまあ、今日は賑やかなのねえ」


 診療所の奥から出てきた女性はジルやデリックを見つけて、目尻に細かな皺を刻んだ。診療師から紙を受け取った年配の女性は鍵付きの箱から代金を取り出し、礼とともにクレイグへ渡した。


「皆さんはお友達かしら? 先生、女神様みたいに綺麗でしょう。同年代の子は近寄り難いんじゃなかって心配してたの。あなた達みたいなお友達がいて安心したわあ。先生のお薬、よく効くのよ。蜜ノ月に熱病が流行ったときだって、先生の解熱薬でみんな助かったの。あの時は本当に、女神ソルトゥリス様が遣わしてくださった御使いだと思ったわ」


 女性はどこか熱に浮かされた様子で滔々と語っている。女神の使者はそんな状況に慣れているのか無関心な様子でお金を数え、木箱の引き出しに収めていた。


「家内はこの町で最初に、ミューア先生の調合した薬を服用したんだ。それ以来、めっきり信奉していてね」


 言葉が途切れたのを見計らい診療師は注釈をつけた。そこへ、名案を思いついたとばかりに夫人は視線をジルたちからクレイグへと移す。


「そうだ先生。お友達と一緒にうちでご夕飯を食べてらしたら? 川魚はお好きかしら」

「いらない。宿で食べる」


 善行に励む信奉者へすげなく返したクレイグは薬箱をデリックに持たせ、診療所の出入口へと足を向けている。


「次にいらした時はご馳走させてくださいね。お友達もご一緒にどうぞ」


 金色の頭部は一度も振り返らず扉をくぐった。へこたれた様子など一切感じない夫人にジルとデリックは会釈をし、クレイグの後を追った。


 ◇


「自警団から薬師に転職したんですか、先生」

「川魚ならフライが定番ですね。この箱のなか、香草とか臭い消しも入ってるんですか」

「あ、オレとエディは兄弟なんで同室でお願いします」

「は?」


 診療所を出てからずっとデリックの言葉を無視していたクレイグが口をひらいた。一文字に不快感が凝縮されている。


 ジルたちは町の宿屋に入っていた。一階は受付と酒場を兼ねた食事処。二階、三階が客室となっているようだ。魔物が増えたため旅人はまばらで、部屋は選べるほど余っていると店主は答えた。


「可愛い弟を一人になんて出来ませんよ」

「なら顔の利くオレが一緒にいてやる。安心して一人で寝ろ」

「あの、ご存じでしょうけれど……僕は戦えるので一人でも大丈夫です」

「「ダメだ」」


 先ほどまで二人はけんか腰で話していたのに、妙なところで馬が合うようだ。宿泊客は少ないから無法者がいればすぐに判別できる。ジルは神殿騎士団の団長に稽古をつけて貰い、魔物とも戦っているのだ。腕に覚えがある程度の素人に負ける気はしない。


「女神先生が相部屋を希望するなんて初めて聞いたよ」

「二人部屋に案内しろ」

「鍵は兄のオレに下さい」


 店主は物珍し気にクレイグを見てからジルに視線を移し、最後にデリックが伸ばした手の上で止まった。エディとの同室を譲らない二人に困っているのだろう。鍵を要求する手に目を眇め、店主は小さく唸った。


「今日は大部屋がからなんだが、そこを使うかい? 代金はそのままで貸し切りだ」

「お願いします!」


 平行線をたどる二人をまとめるのは、この方法しかない。ジルは間髪を入れず店主の提案に食いついた。

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