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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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22 東屋と羽織

 ゲームで、ローナンシェ領の前大神官は殺されたという情報はなかった。現在の大神官は老衰か病気のどちらかだろう。これは聖女にも癒せないため、抗う術はなかった。


 一介の神官見習いが大神官と話す機会など普通はない。ローナンシェ領だけでなく、他領の様子も知りたいと思ったジルは、ルーファスに願い出た。


「本日の十六時半、ここでまたお話しできないでしょうか?」

「僕は構いませんけれど」

「午後の講義が終わったらすぐに参ります!」


 理由も問わず承諾してくれたルーファスの優しさを、ジルは改めて感じた。気が付けば、午前講義の時間が迫っていた。ジルはお辞儀と共にお礼を伝え、足早に西棟へ向かった。


 ◇


 講義室を出たその足でジルは礼拝堂に入った。午後講義は十六時に終わる。だからその三十分後を提示したのだけれど、そこには既にルーファスの姿があった。


「すみません。お待たせいたしました」

「いえ。元よりここで手伝いをしていたのです」


 大神官総会はすぐに終わりましたから、とルーファスは穏かに紡いだ。それから大聖堂の司教に辞去を告げて二人は扉の外に出た。ここでは参詣者の妨げになるからと、ルーファスの提案で裏手の中庭に移動する。


「宜しかったのでしょうか。まだ……」


 教養の講義で習った通り、神官見習いのジルは位が上であるルーファスの斜め後ろを歩いていた。空はまだ青い。日暮れまで半刻はある。


「司教様には十六時半までと。それに、僕もジル嬢に話したいことがありましたから」


 思い当たる節がなくジルは首を捻った。足を止めて振り返ったルーファスは、ひとつの東屋を示す。暖かい気候とはいえない教会領では、外で茶会など滅多に行われない。日暮れが迫った時刻であれば尚更だ。風よけには心許ないですけれど、とジルはルーファスに案内される。


 深い緑に囲まれて建つ東屋は、リシロネ大聖堂と同じ建築技術で造られていた。円みを帯びた屋根は白く、そこだけ塗り潰したようだとジルは思った。その屋根の下、二人は対面に座る。ルーファスの話が先だと思い様子を窺っていたジルは、そちらからと譲られて口を開く。


「私の生まれである、ローナンシェ領への神殿騎士団の派遣が増えているんです。他の領地はどうなのでしょうか。土の大神官様のご体調と関係はあるのでしょうか」

「難しい質問ですね。……少なくともエドマンド大神官は、体調を理由に祈祷を欠かすような方ではありません」


 神官見習いと大神官では得られる情報量、質が大きく異なるのは当然だ。ジルに話せる事とそうでない事があるのだろう。ルーファスは顎に指をあて、内容を選別しているようだった。


 ――聖女様のことは話せない、よね。


 大神官は、望めば大神官総会の折に聖女と謁見できる。しかしジルは知らぬことだが、今年ルーファスは申請を却下されていた。正面から聞こえた苦しげな声にジルは視線を上げる。


「派兵が増えているのは、ローナンシェ領だけではありません。リング―シー領も、他二領も同じ状況です」

「ご無礼を申し上げました。風の大神官様、お聞かせ下さりありがとうございました」


 大神官は聖女の力を支え補強するのが役目だ。魔物の襲撃が増加している今、ルーファスはその責務を果たせていないと思い、沈んでいるのだと分かった。


 ――大神官様が支えているから、今程度の被害で抑えられていると考えられれば良いのだけれど。


 悲哀ともいえるその姿に、ジルの心まで痛みを覚えた。しかし聖女の容態を知るはずのないジルが、大神官のせいではないと伝えることはできない。


 ――だからせめて。


 ジルは席を立ち、俯くルーファスの肩に自身の羽織を掛けた。背後を確認しようとルーファスが身をよじる。その拍子にすべり落ちそうになった羽織を、ジルは掛け直す。


「風が出てきました」


 寒さは心も凍らせる。だからせめて、体は暖かくあるようにとジルは微笑んだ。年下の、それも女の子に心配され戸惑ったのか、ルーファスの顔に朱が差した。羽織を落さないよう手で押さえている。正面に戻ったジルへ訴えるように、ルーファスは腰を浮かせた。


「これでは貴女が」

「故郷はもっと寒いところでした。私は慣れています」

「しかし」

「それよりも、風の大神官様のお話とは……?」


 西の空では、青と橙が混ざり始めていた。夜が近くなった。エディに今日のことは伝えていない。心配しているだろうか、とジルが思案していると視界に影が差した。

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