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傾界の聖女  作者: たま露
【水・土の領地 編】
229/318

228 湖と剪定

 別名、水の領地と呼ばれるタルブデレク領。そこに鎮座する水の聖堂は物珍しいと同時に、ジルにとっては恐ろしい場所だった。


 上流から注がれる豊かな水は、青空をとかしたような大きな湖を造り上げている。その湖上に佇む石造りの聖堂は、世俗から切り離された静穏に浸っていた。その美しく浮世離れした景色は、ジルの恐怖心をいっそう煽った。


 ――知らないままなら楽しめたのに。


 水の聖堂から対岸へ渡るには二つの方法がある。


 一つ目は、主に物資の輸送に使用する小舟。これは河川の多いタルブデレク領ではよく見かけるもので、都市では装飾を施し水路を巡る観光に利用されたりもしている。


 二つ目は、湖に架けられた橋だ。聖堂から対岸まで、なだらかな蛇行を繰り返す石橋が設けられている。幅広の橋が一直線に伸びていないのは。


「魔除けだと言われているが、単に橋脚の都合だろうね」


 深過ぎず地盤も確か。基礎となれる湖底を繋いでいき、この橋ができあがったのだろうと水の大神官は話した。


 ゆったりとした幅員は馬車も通行できる。しかし、雲が棚引くようにゆらゆらと曲がった橋の上は悪路にほかならず、移動は乗馬か徒歩が推奨されている。のんびり歩いても十分はかからないということで、聖女一行は徒歩で岸辺へと向かっていた。


 ――結局、泳ぐ練習できなかった。


 船のように足元が傾くことはないけれど、欄干はジルの腰くらいの高さしかなく、何かの拍子にぼちゃんと落ちかねない。わき見せず橋の真ん中を通り湖を渡り切ったジルは、土を踏んで初めて人心地がついた。


 対岸では立派な装飾が施された馬車と、タルブデレク大公の側付きであるユウリが出迎えてくれた。


 ◇


 整えられた並木道に沿って流れる真っ直ぐな水路。その先に、リシネロ大聖堂にも劣らない重厚な建造物があった。水があるのはここだけではない。広大な敷地はぐるりと水堀に囲まれており、花咲き誇る庭園に設けられた噴水や小川は、あちらこちらで優雅な音を奏でていた。


 聖女一行の拠点となるシャハナ公爵邸も、豊かな水に囲まれている。


「伸びた枝を切るんですよね」

「ええ、はい」


 しかし、一週間経てばジルも慣れていた。初めこそ水路には緊張したけれど、近寄らなければ問題ない。大きな噴水にしても底が見える深さならなにも感じない。それと、領主の居住する宮殿には水辺が少なかったのも幸いした。


 泉のように大きくて音楽を奏でる噴水も、足の届かない深い水路もここにはない。贅を凝らした絢爛な建造物は、政務や使者との謁見、社交をおこなう表の城に集中していた。とはいえ宮殿も、ジルからみれば驚くほど豪華なのだけれど。


「あ、エディ君その蕾のところも切って大丈夫だよ」

「よろしいのですか?」


 セレナは教会領所属の聖神官、賓客として遇されており宮殿の一角に滞在している。


 リングーシー領やガットア領では市井の混乱を避けるため、聖魔法は伏せていた。けれどタルブデレク領、正確には公爵邸では敢えて公表した。セレナの地位を明確にすることで、他者から侮られるのを防ぐためだ。


 衣装も浅縹色の法衣に、聖の魔力持ちであることを示す白いレースの羽織を重ねており一目瞭然となっている。


「はい。開花を揃えるのに摘んでおくんです。いや、聖神官様は見識がお広い」

「実家がリンゴ農園で。このお花も同じかなって思ったんです」


 建前は文化や、シャハナ家が研究している医薬を学びにきた事になっており、魔物調査へ赴く予定はない。とはいえジルの立場は変わらず、従者としてセレナに仕えている。


 ちなみにジルの服はシャツにベストが用意されていた。リングーシー領にいた頃と似たような格好だ。だたし意匠や仕立ては大違いで、とても着心地がいい。替えの服も同品質のため、金額は考えない事にした。


「どうりで。数をしぼって株の体力を温存させるのは同じですな」


 公爵邸に着いた翌日、ジルはファジュルから渡された手紙についてナリトへ尋ねていた。探していた書物とやらは取り寄せている最中らしく、じきに到着すると言われて六日間が過ぎた。


 何度か訪問した医薬研究所は豪華な城に比べると、とても簡素だった。しかしそれは無駄を省いた結果であり、清潔感のある空間は居心地がよかった。薬草栽培や、見たこともない器具は興味深かったけれど、部外者が頻繁に出入りしては邪魔になる。今日はどうしようかと二人で相談していたところに、庭園で作業する人影が目に付いた。


 剪定を手伝わせてほしいと願い出たセレナに、幾人かの弟子に指示を出していた年配の庭師はとんでもないと恐縮して首を振った。そこへセレナは、薬草や薬木を育てるのに役立つからと建前を持ち出し、鋏を借り受けることに成功したのだ。


 九ノ月も中旬に入る涼やかな午後、緑あふれる庭でパチン、パチン、と剪定が連奏する。合間に休憩をはさみ、陽が暮れるまでもうひと仕事、というところで。


「庭師の真似事までして人気取りなんて大変ね」


 緑葉の譜に綴られる単調な拍子に、ぴしゃりと高音が跳ねた。

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