225 夕食と皿洗い
教会という名の管理小屋は、砂漠と同じ色をしている。自然にはない切り出された石の直線と、窓を形づくる枠が建物であることを主張していた。
青空と砂漠。上下できっぱりと別れていた境に、橙色が混ざり始めている。燃えるような夕陽はじきに砂漠へと潜り、頭上には満天の星を散りばめたカーテンが引かれるだろう。
今日もここに一泊し、翌朝、火の聖堂へ向けて出立する。
教会に戻ってきた聖女一行は労いもそこそこに、各自部屋へと入っていた。ジルの正面、備え付けられたテーブルの横には水の膜をはった小振りの樽がある。
「さっぱりした」
濡れタオルで全身を拭きあげれば、砂っぽく汗でべとべとしていた肌がさらりとした感触になった。
強化魔法の使えないセレナやジルを見兼ねて、ファジュルが騎士たちに水を運ぶよう指示したのだ。火山の影響か井戸水はぬるめの温度だけれど、それがかえって心地いい。ちなみに飲み水として問題ないため、食事にも利用している。
夕食の準備を手伝うため、ジルは二階から調理場へと向かう。しかし、漂ってくる香りがもう遅いと告げていた。続き間となっている食堂を覗けば。
「エディ君の席はここね」
「あ、はい」
長方形をしたテーブルの短辺側。椅子が一脚だけ置かれた場所にジルは誘導された。案内したセレナは長辺側でジルの右前に座り、その奥にはラシードが。左側にはファジュル、デリックが着席していた。
白地に緑や青の草花が型染めされた爽やかなテーブルクロスには、こんがり焼き目の塩漬け肉にスープ、それからジルも見知った豆料理が並んでいる。
「ご飯、デリック様が作ってくれたんだって」
「エディは辛いのダメって聴いたから、唐辛子なしのヤツな」
「ありがとうございます」
ベーコンとバターの香る豆の炒めものが器に盛られ、薄焼きのパンが何枚か添えられていた。ジルも知っている料理だけれど、故郷の村で食べていた時はこんなに芳ばしい匂いはせず、パンも無かった。つやつやと彩り豊かな豆はとても美味しそうだ。
「そっちのスープはラシード作だぞ。オレは味付けだけ」
タマネギが飴色になるまでひたすら炒めさせた、とデリックは話した。このスープをジルは作ったことがない。焦げ付かないよう食材に火を通し続けるのは大変だ。作り手に感謝して、じっくり味わって食べよう。
「ラシード様も、ありがとうございます」
騎士たちに礼を告げれば、無言の頷きが返ってきた。そうして食事は進み、ほくほくした豆料理が半分になった頃、ジルはずっと確認したかったことを口にした。
「火の玉なんてものは見てないし、子供の声ってのも聞いてないね」
スープに使用した残りだという果実酒を飲んでいたファジュルはグラスを置いた。先に火山の石段を上り、ジルたちの到着を待っていたセレナやラシードも見なかったと答える。
「デリック様はなにか感じましたか?」
「んー……あったかかった」
「エディが乗っかってりゃそうだろうね」
状況を振り返っていたのか、腕を組み黙っていたデリックはセレナの問い掛けにぽつりと答えた。火球はデリックの背後に迫っていたから見えていないのは当然だとしても、この反応は声も聞いていないということだろう。
ジルが見たのは跳ねた溶岩で、聞いたのは風の音だったのだろうか。現に、火傷のひとつも負っていない。
「明日の朝、出発前に行ってみるかい?」
「いいえ。予定通り火の聖堂に帰りましょう」
確認したい気持ちはあったけれど、火の大神官にジルは首を振った。もし火球が見間違えでなかった場合、次こそ誰かがケガをしてしまうかもしれない。それに帰還の予定が狂うような事態が起これば、ソルトゥリス教会は調査という名の監視を置くだろう。
夕食を終えたジルは皿洗いを買って出た。朝食はセレナとファジュルが作ってくれるため、このくらいしかできることがないのだ。騎士二名は井戸へ水を浴びに行った。そして競うようにして戻ってきた。
わらを束ねたタワシを置き、ジルは続き間になっている食堂を振り返る。
「お部屋に戻って、お休みください」
「ジルが戻ったらな。オレ護衛だし」
「全員が寝たのを確認しないと休めない」
皿洗いは、湯浴みも食事の用意もしていないジルの仕事だ。手伝いの申し出を断固拒否したところ、二人はその場に留まってしまった。デリックは椅子の背もたれを抱えるようにして座り、ラシードは壁に背を預けている。
――洗いづらい。
その後は特に会話もなく、ジルは二人の視線を背に受けながら食器を洗い、就寝の挨拶をして部屋に入った。
◇
翌日の午後、聖女一行は火の聖堂に到着した。神殿で儀式を終えたセレナの魔力に転移陣は反応し、底の抜ける浮遊感と共に皆をリシネロ大聖堂へと運んだ。
ガットア領であたたまった体に、ひやりとした空気が通り過ぎていく。五人が降り立ったのは、各領地へと繋がる四つの転移陣が刻まれた広い空間だ。そこには、二つの人影があった。




