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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
225/318

224 光柱と火球

 戦闘はこちらの圧勝だった。


 ファジュルは鞭に炎をまとわせて中距離から戦う。攻撃力はラシードに大きく劣るけれど、拘束や継続ダメージといった支援攻撃が得意だ。


 しかし、火の大神官が参戦する隙はなかった。本来いないはずの騎士が一名追加されているのだから当然だ。ジルとセレナも合わせた女性三名は、後方から眺めているだけで終わった。


「次は上ですね」


 二つの鍵を入手し扉をひらいたセレナは、確認するようにジルを見たあと、伸びた螺旋階段を上っていった。白い空間を照らしていた魔石ランプが、ひとつ、ふたつと数を減らし、黒い空間が増えていく。


 灯りが届かない、螺旋階段の終わり。その先にある一段高い場所に祀られた五角形の台座が、目的地だ。


 暗い半円球の天井から注ぐ光の柱。その礎となっている台座には魔法陣が描かれている。そこへセレナは魔力を注ぎ込んだ。特に変わったところはなく、反応は風の神殿と同じだった。


 ――残り半分。


 次代の聖女はこれで遠距離に加え、複数人を同時回復できる範囲能力を得た。皆には前日、管理小屋で一泊した時に現状を説明している。


 三ヶ月前とは異なり、儀式をおこなわなくてもソルトゥリス教会に告げ口をする人間はいない。しかし、リシネロ大聖堂の転移陣で教皇の近侍が待っている以上、徒歩で帰還するのは不自然だ。だからナリトの手紙にも綴られていた通り、ジルは儀式を進めた。


「大丈夫かな……」


 差し出したジルの手に、壇上から下りてくるセレナの手が重ねられた。零されたのは、今しがた得た能力への不安ではない。桃色の瞳は暗い祭場の外、今は壁に阻まれてみえない燃えさかる壁へ向けられていた。


 まだ炎が消えていなければ、そこを突っ切って戻るしかない。鎮火を待ち続けて、溶岩の噴出量が増えては本末転倒だ。ジルが移動中も自己回復してセレナを癒せば、火傷痕は残らないだろう。


 ジルを信じて聖女の儀式をおこなってくれたセレナを、不安にさせてはいけない。セレナの白い手を両手で包み込み、ジルは笑みを刷いてみせる。


「大丈夫です。セレナ神官様に、火傷なんてさせません」

「ありがとう、エディ君。私もみんなの回復がんばる!」


 さっそく範囲魔法の使いどころだ、と笑顔になったセレナも両手でジルの手を包んだ。取り合った手から、ぽかぽかとやわらかいものが胸に広がる。


「この邪魔したくないような、したいような雰囲気」

「アタシなら交ざるね」

「それだ! いやでもオレは」

「さっさと出るぞ」


 出るという言葉に反応して振り向けば、ラシードはすでに背中をみせていた。確かに長居する理由はない。セレナの手を離したジルは螺旋階段へと歩を進め、違和感に気が付いた。


 初めて祭場を訪れた時はどこか寒々しく、拒絶するような静けさに息苦しさを覚えた。けれど今回は感じない。それどころか、後ろ髪を引かれる思いさえする。


 台座の祀られた暗い静謐。そのなかで一条の光柱は、ジル達を見守るように立っていた。


 ◇


 火の神殿から出ると、炎は消えていた。黒い地面の上をぐつぐつと、赤や黄を煮詰めた溶岩の川が流れているだけだ。


 それでもいつ発火するとも知れないため、ジルとセレナは往路と同じように騎士たちに運ばれた。炎の壁はなくなっても空気は熱い。復路でも手を繋ぎ石段を上る。最後尾についたデリックが最上段に足を掛けたそのとき。


(――さい)


 また耳元でなにかが聞こえた。子供のような声だ。しかし今はそれどころではない。


「デリック様!!」


 溶岩から昇ったのか頭部大の真っ赤な火球が背後に迫っている。


 ジルは思い切りデリックの腕を引っ張った。重心を崩した騎士を覆うように体を被せる。ジルの背中で高熱が弾けた。火が服を、肌を焼く痛みに。


 ――あれ?


 痛くない。熱風を感じただけで、どこも燃えていないようだ。試しに魔力を解放しても、自己回復は発動しなかった。今の火球は幻だったのだろうか。砂漠では、蜃気楼というものが見えたりするらしいけれど。


「エディ君どうしたの!?」

「魔物でも出たのかい」


 慌てた様子で駆けてきたセレナに顔を覗き込まれた。淡紅の金髪が傾げた首に合わせて揺れている。やや遅れて頭上からファジュルの声がした。どうやら二人は先ほどの火球は見ていないようだ。


「いえ、……すみませんデリック様! ケガはしていませんか?」


 緊急を要したとはいえ、デリックを引き倒してしまった。足元は整地されていない岩肌だ。きっとあちこちぶつけてしまっただろう。騎士の背中から離れ、次はジルが顔を覗き込む。


 起き上がったデリックは真剣な顔をしていた。しかし、怒っているようにも見えた瞳は瞬きの間に消え、いつもの色を宿す。


「オレは大丈夫。ここは危ないから教会に戻ろう」


 下山時に手を繋ぐ必要はない。ラシードを先頭に聖女一行は、低山の麓へと続く傾斜なだらかな路を辿った。

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