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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
222/318

221 離反と鳥

「なんかそれ犬っぽいな。“待て”ができたらオヤツをあげる、みたいな」


 指摘されジルは初めて気が付いた。デリックを愛玩動物として扱うつもりはない。でも自分が望むように動かそうとしているこの状況は、大差ないのかもしれない。


「失礼いたしました」


 これ以上デリックの機嫌を損ねてはいけない。頭を下げたジルは、ご褒美戦法に変わる案はないかと考えを巡らせる。デリックも手合わせに参加して貰うのが手っ取り早い。しかしそうするとラシードの機嫌を損ねるだろう。


 ――みんなの好感度を保つのって大変だ。


 恐らくジルはいま、ゲームでいうところのハーレム状態なのだろう。あれは如才ないヒロインで、なによりも心から攻略対象たちに寄り添い、愛していたから成し得ていたのだ。


 好きか嫌いの二択しかないなら、ジルは協力者たちを好きだと断言できる。けれど愛しているのかと問われれば、弟や義父に感じるものとどう違うのか分からない。


 ジルは皆に同じ想いを返せてはいない。そんななか、協力者が一人でも離反すれば、計画は簡単に破綻してしまうだろう。


 だから、デリックも捉まえておかなくてはいけない。求婚の返事を仄めかせば、ラシードとの手合わせを了承してくれるだろうか。誠意とは真逆の案をジルが思いついたとき。


「オヤツは手合わせが終わる度にくれるのか?」


 デリックから一本の糸が垂らされた。これを逃してはいけない。ジルは視線を合わせ、言葉を選んでいく。


「はい。私のお給金で買える物であれば、お渡しいたします」

「一回ずつじゃなくて、まとめて貰うってのはあり?」

「私に用意できるものであれば」

「分かった。手合わせはラシードに譲ってやる」


 残っていた不満を打ち消すようにデリックは、ぱんと自身の膝を叩いた。ジルは礼を伝え、どちらの渡し方にするのか尋ねた。すると騎士は青みがかった緑色の瞳を輝かせて、からりと笑った。


「そんときに決める」


 ◇


 灯の祭が開催されたバールトラ地区を出立し、ファジュルの私邸に戻ってきて四日が過ぎた。ジルはいま、ラシードと剣を交えていた。デリックは約束通り庭の隅でおとなしく待機している、のだけれど。


「僕しか、攻撃していません」


 何度ジルの長剣は弾かれただろうか。少なくともラシードが攻撃に転じる隙はあったはずだ。それなのに、大剣という名の盾はジルの攻撃を防ぐばかりで牽制のひとつもない。


 無表情を装備したラシードは見下ろしてくるだけで何も言わない。誤って庇護対象を斬ってしまったら、と考えて攻撃できないのだろう。しかしそれでは意味がない。


「もう結構です。デリック様に、お相手していただきます」

「ん? いいのか?」


 剣を鞘に収めたジルはラシードから視線を外した。首を傾げているデリックへ向かって足を踏み出したそのとき、砂と緑の視界にぬっと鉄の壁が現れた。狙い通りだ。上がりそうになった口角をジルは引き戻す。


 ――オマケをつけよう。


 護衛騎士への当て付けに、デリックを利用してしまった。手合わせの邪魔をしなかった報酬に、なにか追加しようとジルは心に留めておく。

 

「今の実力を測っていただけだ」

「それではここからは、手加減なしでお願いいたします」


 横から伸びてきた壁の上方、褐色の眉間に皺が生まれた。そのまま均整のとれた長躯がジルから離れる。上向いた大剣の切っ先に、昇り始めた陽が射し。


「――っ」


 咄嗟に身を捻り回避してしまった。足裏がざりっと砂を噛み、ひやりとした風がジルを圧す。裏の意図などなにもない、ただ振り下ろされるだけの単純な剣筋だった。これがウォーガンとの稽古ならいなせていた。


 黒い騎士服をまとった青年が大剣を振り上げた瞬間、ジルの脳裏に紅いわだちが奔った。


 見開かれた紫の双眸。痛みに顔を歪めながらも、あなたのせいではないと無理やり笑んでみせた銀髪の少年。


 エディの最期がよみがえり、ジルは反応が遅れてしまった。ここで長剣で受けても掃い落とされると判断し、寸でのところで斬撃を避けた。


 柄を握り締めていた手を緩める。深い呼吸を繰り返し、震える心臓を宥める。


 ――エディは死なない。大丈夫。


 鈍色髪の護衛騎士との間合いをとったジルは、長剣を構え正面を見据えた。先ほどの動揺は顔に出ていないはずだ。脳裏に居座る夢から意識を外し、ラシードの次手に備える。


 しかし大剣は動かない。次はジルの番ということか。一手ごとに攻守が入れ替わるのを戦闘とは呼ばない。それでも何合か斬り結べば状況は変わるだろう。ジルは攻撃を仕掛けようと片足を退き、元の位置に戻した。


 庭の上、青い空を一羽の鳥が飛んでいった。対戦相手から目を離すなんて自殺行為だ。けれどジルは気になってしまった。神殿騎士たちから叱責は飛んでこない。


 鳥はまっすぐにファジュルの邸を目指し、一番高い窓に吸い込まれていった。


 ジルが戦闘態勢を解除したことによって手合わせは終了となり、程なくしてセレナが三人を呼びにきた。その数分後、鍛練している庭の回廊に初めてファジュルが姿を現した。


 今日は弓ノ月十八日。明日、十九日は大神官に課せられた祈祷の日だ。

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