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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
221/318

220 風邪と元気

 結果的にジルの希望は、半分叶えられた。デリックの部屋を訪問する提案は当の本人だけでなく、なぜかファジュルの使用人にまで反対されてしまったのだ。


 さらに破けた裾について使用人がデリックを詰問し、それをジルが釈明するなど一悶着があった。


「お待たせいたしました」


 使用人に髪の染料を洗い流して貰い、風通しのよいゆったりとした寝衣に着替えたジルは足早にソファへと近づいた。ジルに充てられた客室で待っていた騎士は深緑色の上着に袖を通している。対面に腰を落とせば、デリックが小さく呻いた。


「ジ、エディ、その恰好は」

「大丈夫です。僕、風邪を引いたことがないんです」


 部屋にはまだ使用人がいるから、弟として接してくれたようだ。デリックを長く引き留めるのは申し訳ないと、ジルはタオルで頭を軽く拭いただけだった。髪が濡れたままでは風邪を引いてしまうとルーファスにも言われたことがある。デリックも同じように心配してくれたのだろう。


「デリック様とお話しがしたいので、二人にしていただけませんか?」

「……かしこまりました。失礼いたします」


 控えていた使用人は、目力を感じる視線をデリックに投げ退室した。扉がしまるなり、両目を閉じ圧に耐えていた騎士が立ち上がる。


「とりあえず髪乾かそう」

「!?」


 本当に心配ないのだと告げようとしたジルの口は、突然吹いた風によって閉ざされた。透かし彫りの窓から流れてくる夜風にしては強い。背後から吹きつける風は銀の髪をぱらぱらと踊らせ、ピタリと止んだ。


「すごい! 風魔法ってこんな使い方もできるんですね。ありがとうございます、デリック様」


 同じ風魔法を操るルーファスには、いつもタオルで拭かれていたから知らなかった。乱れた髪を手ぐしで梳きながら振り仰げば、深緑の瞳がサッとジルから逸れた。心なしか耳が赤いのは気のせいだろうか。そのままデリックは正面のソファへと戻ってきた。膝の上に拳を置き、真剣な表情をしている。


「オレに話しっていうのは?」

「先ほどは、申し訳ございませんでした」

「先ほど……」


 下げた頭を戻せば、デリックは首を捻っていた。硬かった表情も少し崩れている。


「火を消すために勝手に動いたので……お仕事の、邪魔をしてしまいました」

「そっちか。協力するって言っただろ? オレがジルに合わせるから大丈夫。本気でヤバい時は止めるし」


 どこかほっとした様子でデリックは笑んだ。ゆるんだ気配にジルの肩からも力が抜ける。


「良かった。怒っていらっしゃるのかと……もしかして、体調が悪いのでしょうか? どこかケガを」

「してない! めちゃくちゃ元気。むしろ元気過ぎてツライ」


 ――元気だから休めない。お休みが欲しい、ってことかな?


 ケガをしているのなら聖魔法で治そうと思いソファから腰を浮かせば、デリックはジルを留めるように両手を突き出した。確かに祭のときも今も、痛みを庇うような動きをデリックはしていない。嘘ではないのだろう。ジルが座り直すのと入れ替わりに、デリックが立ち上がった。


「話しが済んだんならオレはこれで」

「魔王討伐について、お話ししておきたいことがあります」


 休ませてあげたいと思いつつ、すぐに終わる話だからとジルは騎士を引き留めた。


 協力者として確定しているのは、ウォーガン、エディ、セレナ、ルーファス、ナリト、デリック、ラシードの七名。ジルの目的は話していないけれど、これまでの様子からクレイグやファジュル、シュリアは対立者ではないと判断してもいいだろう。


 デリックは挙がった名に見当がついていたのか驚かない。しかし平常だったのは、それまでだった。


「それで、ラシード様と手合わせをすることになりました」

「本当に? あいつ了承したのか?」

「はい」


 デリックは信じられないといった様子で唖然としていた。神殿騎士が民間人や女性と戦うことはないからだろう。ゆるんでいた気配が引き締まった。


「ジルに合わせるって言ったけど仕合はダメだ。護衛として中止を進言する」

「自分の身を護るために鍛えるんです」

「それは騎士、オレの役目だ」

「……湯浴みとか、就寝中もそばで見張ってるんですか?」


 ジルは眉を寄せ、ソファの上でわざとらしく身を引いてみせた。痛いところを突かれたのだろう。デリックはぐっと言葉を詰まらせ、視線を彷徨わせている。


「だったら、オレがジルと手合わせする」

「デリック様は断ったからダメだそうです」


 ラシードが予想した通りの展開で、つい頬が綻んでしまう。同じ隊にいたこともあり二人は仲が良い。しかしラシードの言い分や、専属従卒を引き合いに出してもデリックは納得しなかった。


「こうしましょう。手合わせを止めず最後まで観戦できたら、ご褒美をあげます」


 ぱんと両手を合わせ微笑んだジルは、護衛騎士に使うつもりだった戦法をデリックに提案した。

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