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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
220/318

219 兄と愛想

 手にしたキャンドルを堤に置いたとき、視界の奥で赤ら顔の男性がふらついた。隣にいた友人らしき男性が腕を引き転倒を免れる。しかし息をついたのも束の間、友人の顔面が蒼白になった。


「お、おいっ、火、火が」

「火ぃ~? 火ならいくらでもその辺に……うわあああ、あ?」


 赤ら顔の男性がふらつくが早いか、ジルは足に忍ばせていたナイフで水色の布を斬り裂いていた。水分をたっぷりと含むよう大きめに斬り取る。貯水池から布を引き上げたとき、滴る水が堤に置いたキャンドルの灯火にかかった。


「火傷は……これなら大丈夫。ヒリヒリした痛みが引くまで、水で冷やしてください」

「あ、ああ」


 酒に酔った男性は、裾にキャンドルの火を移してしまっていた。上へと燃え広がるまえにジルは動き、濡れた布を押しあて消火したのだ。足元にしゃがみ込んでいたジルが見上げれば、男性は酔いなど火で蒸発したような返事をした。


 焼死とまではいかなくても、大やけどを負っていたかもしれないのだ。まだ動揺が収まらないのだろう。赤ら顔の男性はジルを凝視している。いち早く気を取り直した友人が、ジルに手を差し出してきた。


「こいつがキャンドルにならなかったのはお嬢さんのお陰だ。よかったら礼を」

「オレが送り届けるんで大丈夫ですよ」


 伸ばされた手をとろうとしたとき、横から別の手が現れた。デリックはジルの手をとり立ち上がらせると、自身の上着を脱いだ。口元は笑みを模っているのに、その表情は硬く明るさが感じられない。


「デリック様?」

「あなたは火傷したお友達についてください」

「連れがいたのか。じゃあ、ちょっと待っててくれ! すぐ戻るから!」


 デリックの登場に驚いた友人は、火傷した男性を置いてどこかへと駆けていく。それを横目で見送った騎士は、ジルの腰に深緑色の上着を結び付けた。なにをしてるのだろうか。歩いて暑くなったのかな、と考えたところで。


 ――足、足が……!


 動きやすかったのを思い出した。消火のために大きく斬り裂いたスカートの裾は短くなっており、太ももは半ばまで露出していた。自分はそんな恰好で動き回っていたのか。今は祭が催されており多数の目がある。ファジュルの邸で着用した湯着でさえ膝下丈だった。状況を振り返ったジルの顔に火が点いた。


「あ、あの、上着、ありがとうございます」


 デリックは短くなった衣装を隠してくれたのだ。恥ずかしさに目が泳ぐ。定まらない視界のなかで、笑みの消えたデリックと駆け戻って来る友人が見えた。


「貰ってくれ。コイツのおごりだ」

「俺が払うのかよ! ああ、いや、助けて貰った礼だ。嬢ちゃん受け取ってくれ!」


 友人は果物を抱えていた。編みカゴにはいくつかのオレンジが盛られている。物価が上昇している今は主食の栽培が優先されており、果物は収穫量を減らしつつあった。火傷をした男性は果物カゴを掴み、なかば押し付けるようにジルへと渡してきた。


「ありがとう、ございます」

「いやいやいやいや、礼を言うのはこっちだ。兄ちゃんと仲良くなー!」


 ジルが果物を受け取ったと見るやいなや、男性二人は逃げるように人波へと潜っていった。


 ――兄妹に見えたのかな?


 兄ではないと訂正し損ねてしまった。あの様子なら火傷の痛みは小さいのだろう。せっかくの祭で大惨事にならなくて良かった。そう胸を撫で下ろしていると、不意に両腕が軽くなった。


「夜も遅いし、戻ろうか」


 ジルから果物カゴを取り上げたデリックは笑っていた。けれどやはり、いつものような明るさを感じない。


 自分が勝手に動いたから怒っているのだろうか。デリックはジルの護衛役だ。役目を完遂するには警護対象の協力は不可欠だろう。協力を願うのはジルも同じ。目的達成のためにも、良好な関係を保たなくてはいけない。


 ――宿屋に着いたら謝ろう。


 それにまだ、話したい事がある。露店や人々のあいだを通り抜ける道中、シャツ姿の軽装な騎士はジルからひと時も離れなかった。


 ◇


「おかえりなさいませ」


 客室に戻ったジルは、薄紅の衣をまとった使用人に出迎えられた。着替えや髪の染料を落とすために待っていてくれたのだろう。足早に入室したデリックは果物をテーブルまで運び、扉へと踵を返した。


「オレは隣の部屋にいるから」

「待ってください。上着を、」


 ここはジルに充てられた客室で、デリックと使用人しかいない。裂いた裾を隠すために巻かれていた深緑色の上着を解こうとしたとき、一瞬で間合いを詰められた。結び目にかけたジルの手を止めるように、デリックの手が重ねられている。


「返すのは明日でいいから。今夜は休んで」

「お休みする前に、デリック様にお伝えしたいことがあります」

「明日じゃダメ?」


 笑んだ騎士の顔には、部屋に戻りたいと書かれていた。キャンドルを灯すまではいつも通りだったのに、今は余所余所しい。消火の件が決め手となり、ジルは愛想を尽かされてしまったのかもしれない。


 デリックには協力者の名を伝えたいだけだ。それは明日でも問題ない。でも。


「着替えたら、デリック様のお部屋に伺います」

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