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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
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217 大剣と約束

 袋から出てきた指先の間には菓子があった。また食べさせられるのだろうか。ジルが身構えていると菓子ではなく袋を差し出された。それを受け取っている間に、摘ままれていた丸い甘味は消えている。


「反対したらやめるのか」

「やめません」


 ジルの入れ替わりには義父であり、神殿騎士団の団長でもあるウォーガンも関わっていたのだ。ラシードの言うことなど聞かないと初めから分かっていたのだろう。


「何を企んでいようと俺がすることは変わらない」

「私が、異端者だったとしてもですか?」

「望むなら女神も斬ってやる」


 夜風が吹き抜けても、鐘塔に灯った瞳は揺らがない。護衛騎士の意志は固いようだ。ラシードは協力してくれる。残る懸念は、どこまでジルを信じてくれるかだ。


 ジルは膝を移動させ、二人並ぶように座っていた体勢から向き合う格好に変えた。冗談だと思わせないために、朱を灯した瞳を真っ直ぐに見据え、自身の胸に手をあてる。


「ラシード様が斬るのは、私です」


 不動が常である褐色の眉間に、深い皺が刻まれた。不信、拒絶。護衛騎士からそれらの言葉を紡がれる前に、ジルは教会領でみた夢の内容をラシードに聴かせた。


 セレナやウォーガンにしか話していない、弟の最期も。


「従属の契約を結んでいる以上、私は聖女様の命令に逆らえません」


 ゲームの終盤、エディは一人の少女を、聖女を庇って護衛騎士に斬られていた。聖女はヒロイン一人だけではない。たとえ闇に堕ちていたとしても、今代聖女エリシャにも同じ魔力が宿っているのだ。


「あなたの大剣を凌ぐために、私は剣を覚えました」


 義父の剣戟もいなせるようになったのだと笑ってみせれば、左右から挟むようにして肩を掴まれた。その拍子に菓子の袋がぽとりと膝から落ちる。


「殺気を向けてきたのは、俺に弟を殺されると思ったからか」

「まだ何も起きていないのに……抑えられませんでした」


 ジルの肩に痛みが奔った。けれどそれは一瞬で、今は強く握られていない。


「強くなりたいと言ったのは、俺に殺されないためか」


 硬直した指先は、衝動を堪えるように小さく震えていた。


 魔物に家族を殺されたラシードは、大切な者を喪う苦しみや悲しみを知っている。自分が魔物と同じ存在になる嫌悪。護りたい者を自身の手で殺める恐怖。それを齎したのはジルだ。


 消えてしまう者などいらない。心を守るため、ラシードが魔物と共に懸命に屠ってきた感情を、ジルは掘り起こした。だから責任をもって伝えなくてはいけない。


 晩夏の夜にしては冷たすぎる大きな手に自分の手を添え、いつからか合わなくなった視線を無理やり合わせる。


「剣の腕を鈍らせないために、私とも手合わせをしてください」


 体を傾け護衛騎士の顔を覗き込めば、暗い朱色の瞳が大きく揺れた。


「たとえケガをしたとしても、私には自己回復があります。魔力が枯渇しても、こうしてちゃんと戻ってきました」


 立っているときなら到底届かない、鈍色の頭を天辺から首元にそって丁寧に撫でていく。


「あなたよりも先に倒れるつもりはない、そう言ったでしょう?」


 信じてほしい。恐れていることは起こらない。そのために自分は行動しているのだ。夜を怖がる幼子をあやすように、ジルはラシードを抱きしめた。


「あのまま攫っておけばよかった」

「さらっ、えっ」


 石の床が一瞬でやわらかくなった。いや、硬いのだけれど弾力がある、というべきか。胡坐をかいたラシードの膝に、なぜか座らされていた。先ほどまではジルがあやす側だったのに、立場が逆転したようで落ち着かない。


「祭壇へは弟を連れて行く」

「ダメです。セレナ神官様だけでは聖女様を助けられません」

「助けなくていい」


 救える可能性があるのに、対象が異なるとはいえ聖女の護衛騎士がなんてことを言うのか。以前のように気合をいれるため、ジルはラシードの頬に両手を。


「手合わせしてやる。反対してもやめないんだろう」


 添えられなかった。上げた手はしっかりとラシードに止められていた。空気を挟んだジルの両手は下ろされ、そのまま手首を掴まれている。


「ただし、手合わせは俺とだけだ。デリックは拒否した」

「……目、逸らしましたよね?」

「口にした覚えはない」


 宿屋で言われた専属従卒のことを根に持っているのだろうか。ラシードはデリックと張り合うように告げてきた。とはいえジルに対して気まずい思いがあるのか、あの時のように目を逸らしている。


 ――屁理屈だ。


 むかし自分が弟に言われたことを思い出して可笑しくなった。鐘のない塔に、くすくすとジルの笑い声が鳴る。


「分かりました。お手合わせは、ラシード様とだけです」


 ラシードの手を離し、互いの小指だけを絡ませる。セレナの妹へしたように、約束、と指切りをしてみせれば。


「聖女の儀式が終わってもだ」


 自分以外の者と剣を交えるなんて許さない。そんな想いを示すように、繋がった小指にぎゅっと力が籠められた。


 セレナやウォーガンにしか話していない弟の最期を、ジルはラシードに話した。けれど、言っていない事がある。攻略対象という存在については、敢えて秘していた。


 たくさんのキャンドルにも負けない熱を灯した双眸。その背後では、闇に半分浸った白銀の月が静かに浮かんでいた。

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