215 同感と慰労
聖女の手をふり払うわけにもいかず、デリックはその場で困惑している。
「セ、あー、エディ、オレの警護対象は」
「あとで合流しますから。まずは私、じゃない、僕のお買い物に付き合ってください」
「エディの護衛よろしくお願いします、デリック様」
「っ、すぐに合流するからな。ラシード手だすなよ!」
不服そうではあったけれどデリックも騎士だ。しっかりと職務は遂行してくれるだろう。二人を見送ったジルは、灰髪褐色肌の護衛騎士に一礼する。
「よろしくお願いします」
◇
町のなかは灯火で溢れていた。出店の飾りとしてはもちろん、石壁のくぼみ、塀のうえ、道のわき。邪魔にならなければ、どこにでもキャンドルが置かれていた。
小さい灯りだからか、燃えさかるような熱は感じない。魔石ランプの白い明かりとは異なる、あたたかな光がゆらりとなでるように闇をはらっている。
趣味高級品のキャンドルもこの日ばかりは値を下げているようで、気軽に売買がおこなわれていた。ラバン商会も露店に卸しているのだろう。
「キャンドル、ラシード様は灯しますか?」
「剣で斬ればいい」
「同感です」
祈らずとも、自分は魔物を倒せる。いくら願おうとも、死んだ者には逢えない。
「菓子はいいのか」
「お菓子?」
「到着したとき熱心に眺めてただろう」
夜風に吹かれる火のように、あてもなく歩いていた足が止まる。ジルを警護するため、斜め後ろに就いていたラシードも歩みを止めた。ジルが通り過ぎようとしていた場所には、ミルク色の丸い菓子が大皿に盛られていた。
見られていたのか、という気恥ずかしさよりも先に浮かんだのは。
「バクリー騎士様の職務は、なんでしょうか?」
「セレナの護衛だ」
振り返った先には、いつもの無表情があった。ラシードの答えは間違っていない。
――絶対、分かってて言ってる。
思わずジト目になってしまった。女性の衣装に着替えたジルは今、セレナと名前を交換している。そこへラシードはふたつの意味をのせて答えたのだ。
しかし、護衛騎士がそう答えてしまう理由を与えたのは自分だ。ジルの目的をラシードに伝えるため、わざわざセレナにデリックを連れ出してもらったのだから。
ちょうどセレナも、騎士を目指す子への土産はなにがいいか訊きたかったようで、快諾を貰えた。そういった内容ならラシードよりもデリックのほうが話しやすいだろう。
「しっかりとお願いします」
「言われずとも」
さきほどからラシードの表情はなにも変わっていない。だというのに、だんだんと得意顔にみえてくる。悔しくなってきたジルは身を翻した。目指す先はもちろん、菓子を売る露店だ。
ファジュルに言われた通り紅いカメオを差し出せば、店主はたくさんの菓子を袋につめてくれた。しかし困ったことに、伝えた数よりも多い。ジルが支払うわけではないけれど、無駄遣いはしたくない。数量を間違えていると訴えれば。
「護り手に贈らせてもらうよ。今宵はお嬢さんも小さな灯だ」
店主はジルの背後へ一瞬視線を向けたあと、茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせた。先ほどのやり取りをみられていたらしい。
いま催されているのは闇に負けない、すなわち魔物に負けないという領民の気持ちを鼓舞する祭だ。灯は想い、想いは人が灯す。店主は帯剣したラシードを見て、ファジュルがジルにつけた護衛だと判断したのだろう。
ジルのほうが立場は上だったとしても、今日はラシードを労ってあげなさい、と店主は言ったのだ。ちらりと後ろを見遣れば、慰労対象の騎士はジルに背を向け周囲を見張っていた。
「そちらにあるパイを、ひとつください」
「具は鳥と芋だが辛いのは大丈夫かい?」
「大丈夫です。これはいまお金を払います」
ラバン商会ではなくジルが買うのだと告げれば、店主はやさしいような、分かっていると言いたそうな、何とも言い難い笑顔を浮かべた。
「サクサクだから潰さないようにね」
お菓子とは別にパイを包んで貰ったジルは礼を告げ、再び通りに戻った。どこで食べようかと周囲を窺い、初めて意識した。道行く人と、ちらほら目が合う。
精悍な顔立ちに鍛えられた長躯。騎士服ではないとはいえ、堂々とした立ち居振る舞いは実力者にみえるだろう。目を輝かせる子供、対抗心を覗かせる男性。なかでも。
―― 一番多いのは女性かな。
注がれる眼差しはどこか熱っぽい。宿屋を出たころは、護衛騎士にどう話すかばかり考えており、ジルは注意が疎かになっていた。ラシードの不愛想がそうさせるのか、ジルが傍にいるからか。話しかけてくる女性はいないけれど、この様子では落ち着いて話せそうにない。
「お菓子を食べたいのですけれど……どこか、静かなところをご存じでしょうか?」
夢でみたオアシスは、話をするのに丁度良い場所だった。しかし今は行けないため、当てのないジルはダメ元で問うてみた。小首を傾げてラシードを見上げれば、簡潔な答えが返ってきた。
「ついて来い」




