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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
213/318

212 闇と灯

 ファジュルの私邸を離れて二日目の弓ノ月十一日、ジルたちはバールトラ地区に入った。聖女一行は教会から大人しくしていろと言われているため、四人とも使用人の恰好をしている。


 ここはガットア領の西に位置しており、砂砂漠が近い。


 火の聖堂があるタージャスタン地区に比べると規模は小さいけれど、大きな通りにはこの日だけの露店が並び賑わっていた。大小さまざまな芳ばしい木の実。ミルク色の甘い香りが漂う菓子。素焼きのコップに入った白い美味しいやつ。果物をしぼった飲み物も売られていた。


 しかしそれら飲食よりも多いのが、キャンドルを売る露店だ。手提げ用の小さな魔石ランプを置いている店もあるけれど、圧倒的にキャンドルのほうが多い。色とりどりの衣装で着飾った人々は皆、小さなキャンドルを買い求めていた。


「祭の本番は陽が暮れてからだ。夜更かしに自信がないなら今のうちに仮眠しときな」


 赤茶けた建物が多いガットア領では珍しい、生成り色の壁を持つホールにヒール音が響く。祭があるから宿屋はどこも繁盛しているだろうに、ここは静かだ。宿泊の受付を済ませたファジュルは使用人に荷物の運び込みを指示し、ジルたちの待つソファが置かれた一角へと戻ってきた。


「アタシは納品先まわりがあるから、この地域からさえ出なけりゃ勝手にやっててイイよ」


 そう言いながらファジュルは順に部屋の鍵を渡していく。セレナの番号をみせて貰えば、ジルの隣室だった。渡された順が部屋番号になっているのなら、ラシード、セレナ、ジル、デリックの並びだろう。


「エディ、欲しいものがあったら店でカメオをみせな。それで支払いは終わるから」

「とんでもないです! お金でしたら、僕も持っています」

「言っただろう、これも報酬に含まれてるんだ。ラバン商会が未払いなんて信用問題に関わる」


 そう言われてしまえば、ジルは頷くしかなかった。もし購入するとしても、安いものだけにしよう。そんなジルの思考などファジュルはお見通しだったようで、紅玉の瞳が眇められた。


「安価とか、一つだけとか考えてないかい?」

「い、いいえっ」

「使ってくれたほうが助かるんだよ。金は金を呼ぶからね」


 商会長曰く、一人勝ちは妬みを招くから、他の商会にも利益を落とさなくてはいけない。羽振りがいいと、ラバン商会は繁盛していると誇示できる。いい儲け話があるのでは、ここならいい値で取引してくれるのでは、と人や物、情報が寄ってくるのだとファジュルは話した。


「ああ、それと。十八時に使用人を向かわせるから、その時間セレナとエディは部屋にいな」

「「? わかりました」」


 同時に首を傾げ、同時に了承を紡いだ二人にファジュルは満足そうに笑み、紅い裾を巧みに捌きながら瀟洒な門をくぐっていった。


「どうしよっか。エディ君はお店を見に行く?」


 唐突に開始された自由時間。今日のエディは休暇扱いだから、セレナと別行動をしてもいい。ファジュルから祭で遊べと言われたけれど、本番は夜だ。石造りの大きな格子窓からは幾筋もの陽が差し込んでおり、まだ明るい。


「夜更かしに、自信がないので……仮眠をとろうと思います」

「私も得意じゃないし、お休みしておこうかな」

「そんじゃ、オレ等も部屋で待機だな」


 休暇中とはいえ、護衛騎士の帯同は解除できない。ジルが動かないならデリックも動かないし、セレナが動かないならラシードも動かない。祭も二人一組で回ることになるだろう。


 ――そうだ。

 

「セレナ神官様、仮眠の前に……少しお部屋に伺っても、よろしいでしょうか?」


 草花文様の黄色い織物が惜しげもなく敷かれた明るい廊下を歩きつつ尋ねれば、間をあけずに快諾された。


 ◇


 セレナと話し終わったジルは、割り当てられた客室に入っていた。この宿は内装を黄や緑の系統で揃えているようだ。静かだけれど重たくない、上品な明るさが広がっている。


 生成り色の壁に掛かった時計は十六時を指しており、まだ眠たくない。横になっていれば眠気に誘われるだろうかと、淡い黄緑色の糸で織りだされた模様が美しい上掛けをはぎ、やわらかな寝台でごろごろしているのだけれど。


 ――オアシスに行く門、閉まってた。


 夢との差異が気になり思考は冴えるばかりだ。瞼は下ろしたまま寝返りをうてば、さらりとすべるシーツが頬に触れた。


 ゲームでもヒロインはここ、バールトラ地区で行われる(ともしび)の祭を楽しんでいた。


 灯と冠している通り、夜になれば町中にたくさんのキャンドルが灯る。今夜、空に浮かぶ月は半分しか見えない。ここから段々と月は細くなっていくため、闇、つまり魔物に負けないという意味を籠めてキャンドルに火が灯されるのだ。


 籠められる想いはもうひとつある。欠けても満ちる月にあやかり、再会や生還を願うのだ。離れて暮らす者へ、魔物討伐に従事する者へ。無事でありますように、また逢えますようにとキャンドルに火を灯す。


 願いを籠めたキャンドルは月の近くに。町から西側にある砂漠のオアシス、そこの泉の畔に飾るのがならわしだ。


 しかし、砂漠の泉へと至る門は閉ざされていた。


 流れ聞こえてきた話では、魔物が増えており危険だから、と言っていた。砂砂漠とバールトラ地区は石壁で隔たれている。そこを今は自警団や領兵が警らしているらしい。


 夢では門はひらかれ、自由に行き来できていたのに。

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