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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
212/318

211 観戦と休暇

 火の聖堂からファジュルの私邸に移り一週間が過ぎた。


 ジルは昏睡前と変わらず早朝の日課を続けている。嫌われていると思ったから、ラシードとは違う場所で素振りをしていたのだけれど今は一緒だ。そこに、新しい騎士が加わった。


 二人だけのときは黙々と鍛練するだけで、時折り指導や確認などの言葉を交わすくらいだった。だからデリックも参加すると聞いたとき、ジルは賑やかになるのかな、と思っていた。


 ――静か、というか。


 今日も風切り音がすごい。以外にもデリックの口数は少なかった。その代わりに、ジルが振る倍以上の剣戟が白みはじめた庭に響いている。デリックが持つ二本の片手剣は緩急ある軽快な拍子を刻み、ラシードの大剣は途切れた一瞬の間を割って振り下ろされた。


 神殿騎士たちが手合わせをするようになったのは、いつからだったか。ジルが黙々と素振りをする傍で、気がつけば二人は剣を打ち合わせていた。三人で日課を始めた時はデリックが双剣使いだったことに驚いたけれど、ジルが目で追えるかどうかの剣捌きにはもっと驚いた。


 無表情だったラシードの口端がわずかに上がった。それを合図にジルは手合わせの場から距離をとり、回廊に入った。


 双剣を力技でふり払ったラシードは、そのまま大剣を薙ぎ強制的に間合いを作った。二人のあいだに一本のみえない糸が張られ、唐突に斬れる。


 接近してきたデリックを迎撃せんと大剣が突き出される。しかし腕を伸ばしきる前にラシードはその軌道を強引に捻じ曲げた。デリックが避けたところへ向かって大きな刃がすべり込む。それを予期していたのか二本の剣は軽い音を立てた。橙色の差し色が入った黒い騎士服はくるりと宙返りし、衝撃を逃がしている。


 ――いいなぁ、楽しそう。


 神殿騎士団の演習場ではこんな風に鍛練していたのだろうか。ジルが義父に剣を教わるときは、いつも訓練は終わっていた。仕合は二人の特徴が出ており面白い。火魔法と大剣を使うラシードの一撃は強くて重たい。風魔法と双剣を使うデリックは素早い動きで手数が多い。


 ジルも二人に交ざりたくて、参加したいと一度お願いしたことがある。するとデリックは激しく首を横に振り。


『ジ、ぶんの大事な専属従卒に剣なんて向けられるか。無理だ』


 と、ひどく嫌がった。従卒なら騎士団で訓練しているのに、と思いはしたけれど、言い募ったところでジルの護衛騎士は応じてくれそうにない。では戦闘狂いのラシードなら、と朱殷の瞳を見上げれば、無言で視線を逸らされた。


 それからジルは悩んでいた。


 聖女の護衛騎士がゲームと同じ心持ちなら、ジルは庇護対象になっているはずだ。指導はするけれど、仕合はしてくれない。胸に一抹の寂しさと、苦しさが滲んだ。


 ラシードが無関心なままなら、ジルは何も話さないつもりだった。


 ――でも、話しておいたほうがいい、よね。


 夢でみた情景が目に浮かぶ。聖女の祭壇で、弟に大剣が振り下ろされたそのとき。


「オレの勝ち」

「引き分けだ」


 邸の庭で、大剣が振り下ろされていた。大きな刃は一本の片手剣を巻き込んでデリックの足元を斬り、残った片手剣はラシードの片腕に止められていた。


「エディ君、おはよう」

「おはようございます。セレナ神官様」

「みんなケガは無いかな?」

「出血や、痛みを庇うような動きはないです」

「よかった。それじゃあ朝ご飯にしよう」


 セレナは日課が終わる時間を見計らって、呼びに来てくれている。その時にいつも容態を確認されるので、ジルは騎士たちの動きに目を配り観戦していた。こちらへ向かってくる身のこなしに不均衡はない。二人ともケガと呼ぶほど痛めたところはないようだ。


 ◇


 体の汗を流し、身支度を整えたジルたちは食堂に入った。


 聖女一行に加わったばかりのころ、デリックは同席を辞退した。けれどラシードが当たり前のように座るのを見て、気持ちを切り替えたらしい。今ではすっかり馴染んでいる。


 扉に一番近い場所はラシードの定位置だ。透かし彫りの大きな窓が望める丸テーブルの左右には、セレナとファジュルが座っている。ジルとデリックはラシードの向かい側、石造りの窓を背にしていた。


 最後に入室した邸の主はデリックの右隣に座るなり口を開いた。


「バールトラへ行くよ。出発は明日の朝食後だ。そのつもりで準備しときな」

「魔物調査ですか?」

「市場視察」


 淡紅の金髪を揺らしたセレナへ、ファジュルは笑みを刷いた。そろそろ魔物調査が再開されるとジルも思っていた。リングーシー領のときは二回調査を行った。ガットア領ではまだ一回だ。


「上級ランクが聖女に近づいたってんで、連中も尻込みしてるんだろう。儀式の日までは大人しくしてろって報せがあったんだよ。つまり自由に動いていいってことさ」


 席に置かれた白い蒸しパンを千切ったファジュルは、トマト色のペーストを選び口に運んだ。パンとは別に置かれた四つの器には、野菜や果物、香草や香辛料が煮込まれた調味料が入っている。


「エディの休暇がまだ五日も残ってるだろう? 行き先を決めちまって悪いけど、祭で遊んできな」

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