表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
210/318

209 従者と騎士

 上質な便箋に書かれた流麗な文字は、とても短かった。


 『お目覚めはいかがかな。

 君の探していた書物が手に入りそうだ。

 ガットア領では予定通り巡礼を続けるといい。

 紫水晶の瞳に映る栄誉を賜るその日を、心待ちにしている。

 愛をこめてナリト』


 書かれた文字は短いのだけれど、内容はとても濃かった。


 朝食を運んできた使用人はすでに下がっており、寝室にはジル一人しかいないとはいえ、気恥ずかしい。教会領の寄宿舎に届けられていた手紙は当たり障りのない社交辞令が並んでおり、ここまではっきりと綴られてはいなかった。ジルはいそいそと便箋を封筒にしまい、入れ替わるようにしてサイドテーブルから器をとった。


 朝食はスープだった。とろとろに煮込まれた野菜とミルクの甘みがやさしく広がる。一ヶ月も飲まず食わずだったジルを慮っての献立だろう。料理はこれ一品だけだけれど、空腹を感じていないジルには十分だった。


 寝台の上でスプーンを動かしながら、綴られた文面を思い返す。


 手紙は二日前に届いたとファジュルは言っていた。ジルが目覚める日を知っていた、というよりは、いつ読んでもいいようにナリトは手紙を書いたのだろう。


 書物とはなんだろうか。ジルが水の大神官に望んだのは、入れ替わりの黙認、それだけだ。ただその過程で魔王討伐の話もしているから、もしかしたら封印に関する情報をみつけてくれたのかもしれない。


 推測ばかりになってしまうけれど、情報はタルブデレク領で渡すから、聖女の儀式は続けろとナリトは言っているのだろう。神殿は風、火、水、土の順で巡るから猶予はまだある。


 ――話を聞いてからのほうがいいかな。


 行動を阻むものはなくなったため、さっそく情報集めを開始しようと思っていた。しかし、唯一知っていた魔素信仰者のアジトは、ジル本人が潰してしまった。手がかりを探して聖女の従者がふらふらと不審な行動をしていたら、ソルトゥリス教会に怪しまれてしまうだろう。


 最後のひとすくいを食べ終えたジルはスプーンを置いた。


 ◇


 第五神殿騎士団と義父が火の聖堂を出立した翌日の午後。


「ジ、エディ、これからはオレが護ってやるからな!」

「あ、ありがとう、ございます」

「鍛練の邪魔をするな、デリック」


 一日でもはやく感覚を取り戻すため、ジルは居住棟の裏庭で剣を振っていた。ジルが鍛練するのならとセレナも弓を持ち、ラシードは無言でついてきた。にわか雨の描いた模様が砂地のカンバスからすっかり消えたころ、サッと軽快な音がした。


 そうして気が付けばジルの目線は高くなっていた。眼下では深緑色の瞳が上機嫌に輝いており、近くなった朱殷色の瞳は沈着していた。いや、落ち着いているというよりは、抑えているが正しいかもしれない。無表情なのに不満そうな気配が漂っている。


 デリックも強化魔法をかけているのだろう。常人が駆ける速さではなかった。一瞬で現れた人間に目を丸くしていたセレナが、分かったとばかりに両手を打ち合わせた。


「新しい騎士様ですね! 初めまして、セレナ・クラメルです。よろしくお願いします」


 さすがに人を抱えたまま挨拶はできないと思ったらしい。声を掛けられたデリックはジルを地面に下ろし、セレナに向かって踵を合わせ騎士の敬礼をとった。


「第二神殿騎士団所属、デリック・ヘイヴン。命により護衛を務めさせていただきます」

「三日か四日くらいに到着するって聞いてたから、びっくりしちゃいました」

「夜通し馬を走らせたんで、正直すげぇ眠たいです」


 デリックはウォーガンの到着予測を一日縮めていた。にこにこと笑んだ顔からは窺えないけれど、疲労は大きいのだろう。ジルは長剣を鞘に収める。


「セレナ神官様、応接室で休憩しましょう」

「だったら私、お茶の用意をしてくるね」

「いえ、それは僕が」

「エディ君の護衛さんだよ? 主人がお迎えしなくちゃ」


 ――もう何がなにやら。


 エディは聖女に仕える従者だ。それなのに主人が小間使いに走り、従者は主人として騎士を迎えるという不可思議な状況ができあがっている。さらに表向きの立場まで加えると、もっとややこしくなる。公の場以外では深く考えないほうがいいのかもしれない。


 張り切るセレナに否と言えず、ジルはお願いしたあと火の聖堂二階へと移動した。


 部屋の本来の主、火の大神官は仕事で不在だ。元よりファジュルは私邸で生活しているため、用件がある時にしか訪れない。昨夜ジルとセレナは同じ寝室で眠り、ラシードは警護のため隣の書斎で休んだ。


 応接室に入ったジルは、デリックに座るよう促した。金茶色のソファは部屋の中央に置かれており、壁は天井から床へ向かってだんだんと薄桃色が淡くなる。応接室の内装は、リシネロ大聖堂の東棟に設けられた蓮の間に倣っていた。


 セレナは聖堂の調理場へ行き、ラシードはその後を追った。ここには今、ジルとデリックの二人しかいない。


 ――認識を合わせるのに、ちょうどいい機会だけれど。


 デリックは姉弟の入れ替わり、ジルの目的を知っている。再会早々に護ると言っていたことから、腕を再生した件も報告されているのだろう。そうなると残りは、協力者の名を伝えるくらいだ。たいした情報量ではないからすぐに終わる。でも。


「デリック様、道中で魔物と戦いましたか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ