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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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20 不合格と三年後

視点:ウォーガン◇ジル

「神官服を、ですか。しかしジルは」

「それでも。命を救っていただいた者として、礼を尽くすのは当然でしょう」


 神官服は教会から支給される。それとは別に、既定の意匠にさえ則っていれば自分で用意しても構わない。金銭に余裕のある者は仕立てた物を着用していた。所属は教会だが、誂え物はそれとは別に後ろ盾があることを示す。シャハナ家から贈るということは、タルブデレクの領主がジルを囲うということだ。


 ジルは回復魔法が使えない。そちらに益は無いとウォーガンは告げたのだが、ナリトは是と答えた。優秀な癒し手は教会領に留め置かれる。しかしジルは神官になれば十中八九、生まれであるローナンシェ領に配属されるだろう。そうなれば神殿騎士団の団長とはいえ、一騎士であるウォーガンの庇護は薄くなる。悪くない申し入れに思われた。


「ジル、希望の任地はあるか?」

「私は、……私が試験を受けるのは三年後です。それに、合格するかどうか」


 試験によほど自信がないのか、ジルは気まずそうな顔をしていた。ナリトは後見人であるウォーガンから隣のジルに視線を移す。


「何年でも待つよ。ジル嬢が神官になったら、エディ君はシャハナ家で雇おう」

「「えっ」」


 ジルとエディのよく似た声が重なった。ナリトの提案を受けたジルは再び黙った。何を考え込んでいるのか、顔を明るくしたり暗くしたりと忙しい。エディはそんな姉をじっと見詰めている。始めから、すぐに返答を得られるとは考えていなかったのだろう。変わらぬ調子でナリトは続けた。


「話はここまでにしましょう。ささやかながら晩餐を用意しました」


 どうぞあちらへと広間の奥をうながされた。ナリトは、甘いお菓子もあるよとジルの手を取っている。一人では心細いのか、ジルはすかさずエディに手を伸ばし、一緒に連れて行った。


 残されたウォーガンにはユウリが付き、神官の件について詳細を伝えてきた。


 大神官一人の発言力は教区を管理する大司教と同程度だ。しかし領主となればその上の枢機卿、総大司教に近いものとなる。


 ――受ければ虫はつかねぇが。


 元よりウォーガンはジルがケガをしたあの日、忘れ物を届けに行っただけとは思っていなかった。そこにどんな理由があったのかは不明だが、大公閣下がそうと言うのだから口を噤むしかなかった。


 ナリトがジルに抱いている感情は、恩義ばかりではないと直ぐに分かった。それどころか隠そうともしていない。エディは感情を表に出すのは苦手だが敏い。この場で気が付いていないのはジルくらいだろう。小さく嘆息すれば、ウォーガンはユウリから同情の眼差しを向けられた。


 ◇


 ナリトがエディを雇うと言った時、ジルは大いに喜んだ。新しい聖女が現れる前に教会領から出ていれば、死亡が回避できる、と。しかしこうも考えた。


 ――別の子が犠牲になるだけだ。


 弟を護るために、別の命を差し出す。そんなの天秤にかけるまでもない。ジルは予定通り自分が聖女の従者になることを選んだ。自己回復できる自分なら、たとえ斬られたとしてもきっと助かる。だから三年後の試験は、受ける前から不合格が決定していた。その一年後に、エディは従者に指名されるのだから。


 それよりもジルは、ナリトからあの日の追及がないことに安堵していた。お菓子があると聞けば、意識はそちらに移る。テーブルに並んだ料理はどれも少量で、立食形式になっていた。格式ばった食事作法が苦手なジルにとっては、有難い心遣いだ。前菜やメインを飛ばして、デザートに目を輝かせる。ジルは幾つかの甘味が盛られた皿を、ナリトから受け取った。


「おいしいです」


 目尻を下げ頬が緩むままに伝えれば、ナリトからとろりと砂糖水のような眼差しが返ってきた。今のナリトから荒れた空気は感じられない。エディとお菓子を食べながら、ジルは改めて想った。


 ――ユウリさんを助けて良かった。


 遅れてやってきたウォーガンに、野菜や肉も食べなければ強くなれないと言われたエディは、偏りなく料理をとっていた。ジルもならって選び、その晩は初めて見る料理の数々に舌鼓を打った。


 翌日、日頃食べつけない物に胃が驚いたことは言うまでもない。

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