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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
209/318

208 職権と朝食

 翌朝ジルが目にしたのは、水蜜の瞳いっぱいに涙を溜めたセレナだった。起き上がり恐る恐る、おはようございますと挨拶すれば、泣きながら怒られた。


 顔をくしゃくしゃにして抱きつくセレナに、昔のエディが重なった。なにも言わなくてごめんなさい、心配してくれてありがとう。セレナが泣き止むまでジルは、背中や頭を何度も撫でた。


 そうしている間に寝室には人が増えていった。セレナとウォーガンは目が覚めたときから室内におり、次いでラシードとシュリア、最後にファジュルが現れた。


「ジルの警護はデリックにさせる。二、三日後には到着するだろう」

「デリックさま?!」

「騎士様が来るまで動いちゃダメですからね」

「良かったな。職務に専念できるじゃねえか」


 ウォーガンの言葉を継いで、まだ目元の赤いセレナがジルに念を押す。その後ろで口の端を上げたシュリアは、ラシードの肩をバシバシと叩いていた。


「ただの従者に、護衛騎士をつけるのでしょうか?」


 眠っているジルを警護するため、救護員が派遣されるのだと思っていた。自分はもう目が覚めたからその話は無くなった。なんの地位もない従者に護衛がつくのは変ではないか。そうジルが問えばウォーガンは胸中を明かしてくれた。


 欠損を再生できるできないは関係ない。一時帰還した教会領でジルから話を聞いた時に、護衛をつけるのは決めていた。臨時団長補佐という名目でデリックを隊から外し、副隊長の穴埋めができたところで長期休暇を許可するつもりだった。補佐を命じる前からデリックは休暇もなく騎士棟に詰めていたため、その調整だと他の騎士たちには話す予定だったらしい。


 ――それって職権濫用って言うんじゃ。


 しかし状況が変わる。上級ランクの変異体に聖女一行が遭遇した。そこで情勢悪化を考慮し、護衛騎士をひとり増やす方向へ調整した。ラシードと連携がとれる、さらに異動させやすいという理由でデリックを推薦したところ教皇に認められ、正式な派遣となった。


 つまり表向きは、聖女と大神官の護衛が増えた、ということだ。


「オレも推薦状書いたんだぜ」

「ああ、助かった」

「ありがとうございます」


 感謝しろとばかりにシュリアは胸を張った。それへウォーガンとジルは素直に礼を返す。事情を知っているデリックなら計画の妨げにはならない。なによりも、ジルに協力すると言ってくれた。ひとつ懸念があるとすれば。


 ――デリック様とケンカ、しないよね……。


 ラシードはジルを護衛したがっていたし、エディをデリックの従卒だと知りながら勧誘したことがある。


 聖女の護衛騎士は先ほどから一言も喋っていない。いや、普段から口数は多くないのだけれど。ラシードから射殺さんばかりの視線を向けられているのに楽しそうなのは、さすが第五神殿騎士団の団長といったところだろうか。


 ラシードにはまだ魔王討伐の話をしていない。デリックのこともあるため、拗れる前に時間をみつけて話をしたほうがいいだろう。クレイグに似たところがあるから、宥めるのはご褒美戦法で。と思案しているとジルの頭上に影が差した。


「お守り、お返ししますね」


 透かし彫りの窓から差し込む陽を受けて、ジルの胸元で焦茶色の石が輝いた。義父の防御魔法が籠められた魔法石だ。セレナの護りにと渡したものだけれど、こうして戻ってくるとやはり嬉しい。


「イヤリングは、ごめんなさい。みつかりませんでした」

「神殿騎士団が引き上げたあと、ウチの使用人にも探させたんだ。けど戦場は整地されたあとでね」

「いえ。お気遣いいただき、」


 そう言って近づいてきたファジュルはジルの手をとり、ひとつのイヤリングをのせた。手のひらで二つの色が揺らめいている。割れていない魔法石だ。


「寝てるときは邪魔になるだろう。預かってたよ」

「ありがとうございます!」


 イヤリングは二つとも戦場でなくしたのだと思っていた。この攻撃魔法がなければ、ジルは魔物の咥内で押し潰されていたかもしれない。ガットア領には行けないと言っていたけれど、クレイグは言葉通りジルを護ってくれたのだ。橙と茶が揺らめく魔法石を指先で撫でれば、鼻を鳴らす音が聞こえたきがした。


「そうだ。エディ君が目を覚ましたって、あの子にも教えてあげなくちゃ」


 胸がいっぱいで気がまわっていなかった、とセレナはばつが悪そうに笑んだ。あの子、とは銀色の瞳をした迷子の子供、クノスのことだろう。敵対関係にあるソルトゥリス教会の象徴には名乗らなかったようだ。


「あの子は、先に戻っているそうです」

「えっ、いつお迎えが来たんだろう」

「明け方、あいさつに」

「親元に帰れたんなら良かったじゃないか。さあ、朝食の用意ができてるからアンタ達はさっさと食べちまいな」


 まだ腑に落ちない様子のセレナに構わず、火の大神官は部屋の面々に移動を促した。歩みの遅いラシードがシュリアに肩を掴まれながら出ていけば、寝室にはジルとファジュルの二人だけとなった。


「ジルの分はここに運ばせるから、これでも読んで待ってな」


 寝台から出ようとしたジルをファジュルは押し留め、一通の手紙を差し出した。そこには、青い封蝋の刻印があった。

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