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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
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206 馬鹿者と大馬鹿者

 寝室に入ってきた二人の騎士と、自分を抱えている一人の騎士。その間でジルは忙しなく顔を往復させた。置かれている状況、体勢を把握した瞬間。


「え、えっ!? あの、えっと、えっと、失礼しますっ!!」


 顔に熱が集まった。乱暴にラシードの腕を押し退け、視線に耐えきれずばさりと寝台に潜り込む。


 ――むりむりむりむり恥ずかしすぎる。


 あれは二人きりだからできたのだ。上掛けを両手で握り込み、ジルは薄い防壁のしたで籠城を始めた。頭上では男性二人の話し声が聞こえる。平坦でも不機嫌だと分かる声はラシード、感情豊かな呆れ声は誰だろうか。


「呼ぶんなら膝からは下ろしとけ」

「招いた覚えはない」

「あそこ以外でいつ入るんだ。オレ等は朝出立するんだぞ」

「朝ですか!? あっ」


 あと数時間しか義父とは話せない。そう認識するが早いかジルは上掛けを跳ね飛ばしていた。朱殷、赤茶、焦茶。六つの目が一斉に集まり羞恥がぶり返す。けれど寝台に潜ったままでは話ができない。だから少しでも見える範囲を狭くしようと、ジルは頭から上掛けを被った。口元まで布を引きあげて目だけを出す。


「お前んとこの娘かわいいな。こいつと変えてくれ」

「引き取るのは構わんが交換は断る」

「いつもの戯言です」


 上掛けに囲まれた視界は、ラシードの大きな背中ですぐに黒くなった。図らずも直視されない状況となったことで、ジルは尋ねる心構えができた。意を決して口を開く。


「い、いつから外に、いらっしゃったのでしょうか?」

「厠に行く途中でオレが一ヶ月って声を聞いて、ウォーガン連れて戻ってきたのが名前を呼べってところか」


 すべての会話を聞かれていた、という訳ではないようだ。ジルはほっと胸を撫で下ろした。のも束の間だった。聞かれて困る話はしていないのだ。問題はそこではない。


「声しか聞こえてなかったんで入っちまった。ごめんな」


 知らない騎士はラシードの壁から顔を覗かせて、ジルの頭を軽く叩いた。猛獣のような雰囲気をまとっているけれど、眼差しはやわらかい。団長のウォーガンと親しそうな様子から、この人が第五神殿騎士団の団長だろうか。ジルの頭から手を離した騎士は、その手でラシードの首を掴んだ。


「こっからは親子の時間だ。飲むぞ」

「シュリア、ラシードに飲ませ過ぎるなよ」


 ウォーガンに名を呼ばれた黒髪の騎士は片手を上げて応え、ラシードを連れ出した。まるで獣の親が子を運んでいるようだった。寝室の扉が閉まり、カチャリと音が鳴る。


 二人きりとなった大神官の寝室に沈黙が訪れた。固まった空気は重い。仕事の邪魔をしてしまった。ケガをさせてしまった。謝らなくては。ジルは包まった上掛けをぎゅっと握り、ウォーガンの横顔を見上げる。


「あの、」

「こんの馬鹿者が!!」


 飛んできた怒声にジルの身は縮んだ。ウォーガンのこめかみには青筋が浮かび、目は棘のように鋭く尖っている。扉近くにいた岩のような体がどんどんと近づいてきた。肩の震えがとまらない。はやく、はやく謝らなくては。ケガをさせてごめんなさい。仕事の邪魔をしてごめんなさい。だから――。


 大きな腕が動いたのと同時にジルは両目を閉じ歯を食いしばった。ぶつかった衝撃で体は揺れ、頭から布がすべり落ちる。


「どれだけ、心配したと思っている」


 体に痛みはない。でも、とても痛かった。大きな腕にジルは抱きこまれていた。右腕に添えられた義父の手は硬く、微かに震えている。潰されるような圧迫感はないのに、呼吸が苦しい。せり上がってくる嗚咽を、止められない。


「ごめ、なさっ……うで、なおっ、て、よかっ……た」

「ああ、ジルのお陰だ。お前は俺の自慢の娘だ」


 剣ダコだらけの大きな手にわしゃわしゃと頭を撫でられた。姉弟と領民を護ってくれる、大好きな義父の手だ。


 その手が、不意に頭から離れた。安心感を覚える重みとぬくもりが消えて、少しさみしい。あたたかい体から顔を上げれば、真剣な焦茶色の瞳とかち合った。


「黙って行動したジルは馬鹿者だが、ろくに話しも聴かず反対した俺は大馬鹿者だ」


 ウォーガンはジルの手を掴み、自身の顔へと寄せた。


「お前の気が済むまで俺を殴れ。我慢した分も、怖かった分もぶつけろ」


 弟に入れ替わりの話をしたときも、義父はこんな様子だったのだろうか。エディの恰好を真似ているとはいえ、義娘に対して荒っぽい和解方法だ。でも、ジルに据えられた視線はまっすぐで、とても落ち着いていた。だから。


「さっきの声は、怖かったです」


 涙が残る目元をゆるめ、義父の頬をつねった。途端に焦茶色の目が丸くなる。目論見通り驚いてくれたようだ。


 演習場で騎士たちを叱っていた声とは違う。苛立ちや怒りを含んだ大声は苦手だ。それでも、ジルを邪魔に感じたからではなく、心配だったから声を荒げてしまったのだと分かり、胸が苦しくなった。


「お義父(とう)さんも」


 心労をかけた分だけ、ぶつけられても構わない。そんな思いでジルもウォーガンの手を自分の顔に寄せた。すると、容赦なく左右から頬を引っ張られた。いたい。


「次はなにをする気だ。反対しないから全部話せ」

「はひ」


 ガットア領入りしてから今日までにあったこと。そして、新たに夢で知ったことをジルは話した。

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