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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
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205 護衛と我儘

 射竦めるような朱色の瞳。お腹に響く重低な声音には、ソルトゥリス教会は敵だと含まれていた。異端審問官を、異端者にしてしまった。


「他の騎士様もご存じ……ですよね?」

「第五神殿騎士団の団長がかん口令を敷いた。お前は聖女だと思われている」

「私が?」


 ラシードはジルを膝に乗せたまま、事の次第を教えてくれた。時折り眉を寄せるくらいで語り口は淡々としたものだったけれど、大きな両腕の囲いはしっかりと復活していた。


「商人さんも、無事だったんですね」

「お前との面会を望んでいたが犯罪者だ。収監されてここにはいない」


 どのような処遇になるのかジルには分からないけれど、助けた商人は逃げずに証言してくれたのだ。これで被害に遭う人は減るだろう。ほっとして目元を緩めれば、ラシードの口角は不満そうに下がった。


「神殿騎士団も明日ここを発つ」

「明日。そういえば今は何日でしょうか?」


 そう問えばラシードの視線は壁の時計へと向かい、再びジルに戻ってきた。


「弓ノ月一日だ」

「お休みを頂いたのが蜜ノ月末だから……一ヶ月?! 私、一ヶ月も寝てたんですか?!」


 前回、魔力切れを起こした時は四日間眠っていたから、ジルは今回も同じくらいだろうと予想していた。なるほど、それでラシードはこの歓迎ぶりなのだ。夢とのあわいで抱きしめてしまったけれど、そのまま放して貰えなくなるとは思わなかった。


 ――嫌いな人間にはしない、よね。


 ラシードは強化魔法をかけているのだろうか。寝衣越しに体温は伝わってくるけれど、暑くはない。むしろ心地よい温度だ。しかし、この体勢は如何ともしがたい。


「ぜったい体が鈍ってます。どのくらい剣を振ったら取り戻せるか、ご存じですか?」

「振らなくていい。俺が全部斬ってやる」


 熾火の瞳には、爛然とした熱が宿っていた。意志の強い眼差しはジルを射貫き、逸らすことを許さない。


 ヒロインではないから関係ないと、ジルは鍛えすぎてしまったようだ。


 従者へ大剣を振り下ろす護衛騎士には、申し訳ないことをしてしまった。けれど計画をやめるつもりはない。それにこの様子なら、ラシードはジルに協力してくれるだろう。


 ――動きやすくなった。


 ジルは囲いのなかで身をよじりラシードの片膝に座り直した。向き合う恰好になり、少し下にある灰色の頭を宥めるように撫でる。


「ありがとうございます。でも、私は聖女様ではありません」

「新しい騎士が派遣される。そいつに聖女を警護させればいい」

「バクリー騎士様やめるんですか?!」


 そうだった。自分が勝手に動いたせいで、ラシードにも累が及んでいたのだ。ジルは思わず身を退いてしまった。しかしすぐ腕に当たり引き戻される。厚い肩に手をつき下を見れば、不満そうな顔があった。


「眠っていたお前の護衛役だそうだ。だがこうして起きている。儀式に同行できるんだから俺が護ればいい」


 つまり聖女の護衛騎士という肩書は保持するけれど、ジルを護りたいので派遣される騎士に実務は任せる、ということだろうか。なんらかの任務で遠方におり、短期間だけ聖女の警護を任せるというのなら納得もできるけれど。


「聖女様に誓った騎士が、そんな我儘を言ってはいけません!」


 ジルは気合をいれるように、両手でぱちんとラシードの頬を挟んだ。


 聖女の儀式に旅立つ前、護衛騎士は如何なる脅威からもセレナを護ると宣言したのだ。呆気にとられた様子の顔を手で挟んだままじっと見詰めれば、ついと熾火の瞳がジルから逸れた。鈍色の眉をしかめ。


「儀式が終わったらいいのか」


 クレイグと同じようなことを言い出した。背丈も年齢もラシードのほうが上だけれど、精神は似ているのだろうか。可愛いと思ってしまった。緩んだ気はそのまま外に溢れ、笑い声となる。


「バクリー騎士様に護っていただけるなら、とても心強いです」


 お詫びとお礼をこめて叩いてしまった頬をさすっていたら、手があたたかくなった。分かりづらいけれど、褐色の肌に赤味がさしている。力加減を間違えてしまっただろうか。腫れたらしい頬を聖魔法で治すため、自分の手をつねろうとしたとき。


「ラシードでいい。デリックのことは名前で呼んでるだろう」


 いつもの不愛想な調子で言われた。呼び名の話になると、どうして皆デリックの名前を出すのだろうか。ジルは弟に合わせていただけで、と考えたところで思い当たった。ラシードは一度、エディを専属従卒に誘っている。きっとその気分を味わいたいのだ。


「僕は、エディのままで結構です。明日からまた、剣のご指導よろしくお願いいたします、ラシード様」


 ジルは無表情を作り、声の抑揚を抑えて敬礼した。膝に座ったままだから恰好はつかないけれど、できるだけ背筋を伸ばしてみせた。喜んでくれただろうかと反応を窺えば。


「そこは、……いや、いい」


 長いため息のあと、大きな手にぐりぐりと頭を撫でられた。笑顔というわけではないけれど、機嫌は悪くないようだ。今ならラシードは解放してくれるかもしれない。


「ウォーガン様に、ご挨拶したいのですけれど……まだ、起きていらっしゃるでしょうか?」

「ハワード団長ならそこにいる。余計なのも付いてるが」

「へ?」


 ラシードが示す視線の先には寝室の出入口があった。よく見れば扉は閉まりきっておらず、すき間から廊下とは異なる色が覗いている。扉がひらくのに合わせてその色は面積を増し。


「お前やっぱ情緒欠けてるわ」


 黒地に赤い差し色の騎士服を着崩した黒髪褐色肌の男性と、気まずそうな顔をした義父が現れた。

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