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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
203/318

202 酒場と同僚

視点:ラシード◇騎士

 七ノ月三十日。第五神殿騎士団第一、第二部隊の面々は、逗留地から最寄りの大衆酒場に集まっていた。


 赤みを帯びた土色の壁には出窓が設けられ、開け放たれた扉と風の通り道を作っている。屋上席、一階席に入りきらない騎士たちは大通りに並んだテーブルに座り、めいめい酒を楽しんでいた。


「この前まで寝てるだけだったのにさ、もう一人で歩けるんだぜ。はあ~かわいい~帰りたくねえ~」

「惚気やがって。オレも嫁さん欲しいー。はやく次代さま、たっ」

「罰当たりが。お前が生まれる前から今この時も、どなたが生界を支えてくださっていると思ってるんだ」


 上級ランク、モライェの変異体を討伐したのがおよそ一ヶ月前。他の部隊や共闘した第六の騎士たちは事後処理を終え、半月前には教会領へと戻っていた。


「そうだけどよ。休みも無い、周りにいるのは汗くさい野郎か魔物ばっか。オレはいい匂いのするやわ肌に癒されたい!」

「娼館のナターシャちゃんはどうした」

「どっかの富豪に身請けされてた。オレだけだって言ってくれたのに。金ならオレだってあるのにー!」

「使う暇がないからな」


 からになったビアマグには店員が酒を注いでいくため飲んだ量は知れない。夜空へ嘆いていた同僚はテーブルに突っ伏して数秒後、むくりと身を起こした。ビアマグを片手にふらふらとした足取りでラシードに近づき、隣にどさっと腰を落とす。


「風の領地にも行ったんですよね? いい娘いませんでした?」

「すみません、すぐ回収します!」

「バクリー副隊長は大神官様たちの警護で、俺たちより休みがないんだぞ」

「そう! 大神官さま! きつめだけど色っぽい大神官さまと、ほわっとやわらかそうな神官さま! ああ羨ましいー癒してほしー」

「だからお前は護衛に推薦されなかったんだよ」

「それ以前に実力が違い過ぎる」

「通常なら六人しか持てない、異端審問の権限までお持ちだしな」


 絡んできた同僚の回収はどうしたのか。追いかけてきた二人もラシードの近くに座り話し始めた。まともな受け答えをしているようでも、十分に酔っているらしい。これが神殿騎士団の演習場ならすぐに退散している。


「アイツらの顔、面白かったなー」

「フドド廃鉱と一緒に証拠も潰れたと思ったんだろうな」


 ラシードの所属でもある第五神殿騎士団はガットア領に残り、異端者狩りをしていた。ラバン商会の元商会員だという男の証言は正しく、魔素信仰者たちはジャバラウ地区にとどまり、何食わぬ顔で神官、使用人を続けていたのだ。


「お手柄の従者くんもかわいかったなー」

「なにお前、見たことあんの?」

「シュリア団長に頼まれて火の大神官さまを呼びに行ったとき、すき間からチラっと」

「もう起きていいのか」

「でっかい寝台で寝てたよ。花に囲まれてお姫さまみたいだった。オレが優しく介抱してあげたい!」

「男でもいいのかよ。節操ねえな」


 事情を知らない者たちには、従者は療養に務めている、という情報しか開示されていない。だから軽薄気味なこの同僚は、ただ眠っているだけだと判断したに過ぎない。


「バクリー副隊長、神官さまなんて高望みしません! 従者くん紹介してください!」

「あいつは駄目だ」


 反射的に言葉が出ていた。苛立ちが声に含まれていたのだろう。近くに座った同僚はもとより、他のテーブルについた者たちまで口を噤んだ。騎士たちで雑然としていた大通りに、静かな夜が戻ってくる。


 異端者狩りにはラシードも同行した。その慰労会だとシュリアやウォーガンに命じられ、渋々参加したのだ。魔物討伐は連携戦だ。為人の知れる交流が重要なのは承知している。しかし従者が話題にのぼった途端、不快感が膨れ上がった。


 こうして飲んでいる間に、別の虫が近づいているかもしれない。目を覚ましているかもしれない。火の聖堂から離れたくない。視界に入れておきたい。


「戻る」

「はいっ! お疲れっしたっ!」


 ◇


 口々に労いの言葉を述べた騎士たちは、威圧を放った背中が闇に消えるのを確認して安堵の息をはいた。


「…………オレ、殺されたと思った」

「帯剣してなくて助かったな」

「勝手にしろ、って流されるだけだと思ったのに」

「おまえ知らねぇのかよ」


 ラシードの隣席で話していた三人の傍に、別の騎士たちが集まってくる。


「あの従者運び込んだのバクリー副隊長だぞ。救護員がいるってのに、戦場から聖堂まで離さなかったんだとよ」

「ウソだろ? 女子供にさえ塩対応の戦闘狂いが?」

「それボク見ました! とても大切そうに抱えてらっしゃいましたよ」


 ラシードが興味を示すのは戦闘、魔物に関することだけだと思っていた。任務となれば対象を護りはするが、他人にやさしく接する姿など見たことがない。想像できない。


「ご令嬢や聖神官様からの熱い視線にも眉一つ動かさないんだぞ」

「もしかしてそっち趣味?」

「いや、他をあたれって一蹴してたぞ。なんだよその目は。俺は偶然通りかかっただけだ!」

「バクリー副隊長様、男性にも人気ですからね」

「その従者って銀髪の子供だよな」

「ああ」

「第二の友達が話してたんだけど、ヘイヴン副隊長の元従卒でハワード団長の息子らしいぞ」

「あ、オレ明日から休暇とるわ」

「逃がすかよ。帰り道でたっぷり魔物の世話させてやるから楽しみにしてろ」

「げえー」


 賑やかさを取り戻した大通りには、酒の減ったビアマグが並び、大衆酒場は騎士たちが酔い潰れるまで大忙しとなった。

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