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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
202/318

201 推薦と愛称

視点:ルーファス◇アルヴァ

「私では自領の記録しか確認できなくてね。さすがは徳の高いルーファス大神官だ」


 調査内容をまとめたルーファスは、エディと別れたその足でリシネロ大聖堂から水の聖堂へと転移した。聖堂で馬を借り、先触れもなく夜分に訪ねてしまったけれど、恙無く当主と面会できた。


 タルブデレク領は別名、水の領地と呼ばれている。


 水の神殿は滝のなかにあり、水の聖堂はその下流にあたる湖上に建てられていた。シャハナ公爵邸も水上に、ということはないけれど政務を執る城や居住する宮殿の周囲には水堀が設けられ、敷地内には池のような噴水や水路が巡っていた。


 使用人の案内で通された執務室に水は流れていないけれど、窓から見える池には銀色の月が浮かんでいる。


「この調査は……」

「二大公の推薦を取り付けた。私を加えれば三つ。ダーフィ猊下も無下にはできまい」

「僕は神官です」

「君が司教補を固辞しなければ、大司教は規定路線だった。それより先は派閥も絡んでくるが」


 ルーファスの正面に座ったナリトはそこで言葉を切り、紅茶を口に含んだ。派閥問題も三大公の推薦により解決した、ということだろう。しかし魔石採掘の不正だけで罷免できるものだろうか。疑問の答えは、テーブルに置かれていた。


「ガットア領に潜伏していた魔素信仰者の帳簿だ。なかなかの几帳面振りだよ」


 そこには魔石の見返りとして、作製した魔法石の一部をジャバラウ商会へ渡していた様子が記録されていた。魔素信仰者は、反乱の資金や戦力として魔法石を蓄えていたらしい。


 ナリトはかねてより自領で子供や魔法使用者が行方不明となる事件の調査を指示しており、捜査の過程で魔法石の密輸が浮かんできたそうだ。


「ジャバラウ商会に魔石を流していたのは、ローナンシェ領のエルワース商会だ。そして魔石に関する書類には必ず、領主の目が入る」

「ローナンシェ大公も」

「オーサー総大司教と共謀関係にある、ということだね」


 ここまで断言するということは、証拠を押さえているのだろう。ルーファスが今日持ってきた調査報告はその補助だ。


「しかし、総大司教様が不正に加担する理由が」

「それはこちらに記されている。ジル嬢に救われた商人が洗いざらい話したそうだ」


 そう言って新しく差し出された冊子には、ルーファスの知らない言語が綴られていた。文字ひとつひとつは知っているけれど、なに一つとして読める単語がない。


「文字を一定の法則で並べ、ずらして記述されている。魔法石に比べて念入りなのは取引相手に配慮したのかな」


 異端者が敬虔なことだ、とナリトは可笑しそうに付け加えた。ルーファスがいま手にしている冊子には、人身売買をおこなった各領地の貴族名と、総大司教の名が綴られているらしい。この異端者たちの処遇を各大公へ譲渡する対価に、推薦を得たのだとナリトは話した。


「これで封印に関する調査が進む」


 落ち着いた声音には、ルーファスの昇任は確定事項だと含まれていた。


 ナリトから届いた二通目の文は短かった。魔素信仰者のアジトにいた少女が、神殿騎士団の魔物討伐に巻き込まれた。負傷した義父の片腕を再生してみせたあと、眠り続けている。


 なぜ少女は魔素信仰者のアジトにいたのか。理由は分かりきっている。魔王クノスの情報を探っていたのだ。


「ジル嬢の容態は」

「セレナ嬢が聖魔法をかけているそうだが、連絡はない」


 魔力を回復する魔法は存在しない。それでも聖魔法は治療を施す際に微量の魔力移動が発生するため、たとえ気休めでも使用せずにはいられないのだろう。


「……このまま。もし、このまま」

「私は信じると約束したからね。君が受けないなら別の手を考えるまでだ」


 少女が目覚めなかったら。それでも魔王を討伐するのか。ルーファスの迷いは声となる前に遮られた。二人の間にどんな約束があるのか、ルーファスは知らない。それでもはっきりと分かるのは、少女は必ず目を覚ます、ナリトはそう信じているのだ。


 リッサの町で誓った言葉に偽りはない。ルーファスの胸中を代弁するかのように、窓の外では風に吹かれた月が水面で揺れていた。


 ◇


「ご挨拶申し上げます」


 深緑の法衣を床につけ跪けば、寝衣の裾から白磁のような足が現れた。許可を得たアルヴァは両手で恭しく掬いとり、小さな足先に口付ける。そのまま甲、すねへと上ったところで白い足はするりと布のなかに隠れてしまった。


「この子ね、腰にほくろがあるのよ。アルと一緒なの」

「それは嬉しゅうございますね」


 見上げた先にある金色の双眸は、寝台で眠る子供へと向けられていた。灰色の髪を梳く手つきはやさしく、眼差しは母が子へ注ぐような慈しみに満ちている。しかし二人は、歳近い姉弟にしかみえない。一年前に迎えた孤児は周囲の予想に反し気に入られていた。


「でも、わたくしを見ようとしないの」

「尊い御方を前に緊張しているのでしょう」

「アルはいつも見ていてくれたわ」


 一年と少し。銀髪でもなければ榛色の瞳でもないこの子供は、よく持ったほうだ。慰みに刻まれる肌は聖女が手づから癒している。しかし心はそうもいかない。壊れきってしまう前に近侍が回収するだろう。


「アルヴァ」


 鈴の鳴るような愛らしい声に名を呼ばれ、アルヴァは歓喜した。両腕を伸ばす少女に身を寄せれば、吐息が首に絡まった。エリシャの肌に触れられる日がくるなど、考えられぬことだった。


 八歳だった伯爵子息のアルヴァは、十二歳の子爵令嬢エリシャと婚約するはずだった。


 艶やかな射干玉の髪に、太陽よりも輝かしい金色の瞳。掌中の珠と育まれた儚い佇まいは、まさに美術品のようだった。両家の都合など関係なく、アルヴァはひと目で恋に落ちた。しかし、エリシャに聖女の御印が現れたことによって、婚約は白紙となった。


 自分は大神官になれなかった。剣の才能もなかった。しかし魔法は使えた。だから神官になった。聖女エリシャに一歩でも近づきたいと、総大司教にまで上った。しかしエリシャの傍にはいつも、護衛騎士のアルデルトがいた。子爵に雇われていた、ただの下僕だ。


 聖女は望むだけ夫を迎えることができるというのに、エリシャはただの一人しか傍に置かなかった。


 それが崩れたのは、アルデルトが死んでから六年後。聖女が孤児を望んだ頃だった。人身売買は教理に反する。口封じに多額の費用を要する。それでも。


「私はずっと、貴女だけをみています」


 届かないと諦めていた十二歳のエリシャが、自分に手を伸ばしている。アルデルトではなく自分の名を呼び、アルヴァの下で悩ましげな声を漏らしている。


 愛称で呼ばれなくてもいい。利用されているだけでもいい。自分を求めてくれるのなら。


 リシネロ大聖堂、聖堂棟三階にある聖女の居室。


 総大司教アルヴァ・オーサーの一日は、聖女への挨拶から始まり、聖女への挨拶で終わる。

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