200 採掘と嘘
視点:ルーファス
ナリトからの手紙を受け取って、一ヶ月半が経とうとしていた。
「こちらの確認、終わりました」
「ありがとうございます。少し休憩しましょうか」
「奉仕の一環ですから、お気遣いは不要です」
既視感のある言葉にルーファスは眉尻を下げた。あれは教会領を出る前夜のことだっただろうか。なるほど、姉弟はよく似ている。
灰色の袖は、まだ検めていない採掘許可証、魔石管理簿、魔法石売買契約書の束を抱えて席に戻った。長い銀糸の髪は頭の後ろで綺麗にまとめられており、中性的な顔立ちがよく見えた。紫の瞳は資料の間を往復し、手元は年度別の数値を書き出している。
風の神殿での儀式を終えたルーファスは、少女がガットア領へと渡ったあとも教会領に留まっていた。
魔王クノスの封印について書かれた文献はないかと、図書館や書庫を探索していたのだ。そして予想通り、表の書架に情報はなにも無かった。禁書を閲覧する手段は、と思案を巡らせている時にナリトから手紙が届いたのだ。
風の聖堂へと届けられた手紙は、郵便馬車によってルーファスが逗留している宿泊棟に転送されてきた。
魔法石の売買に関する記録、過去四十年分を調査して欲しい。
ルーファスはリシネロ大聖堂の管理部を訪ね、まずは直近十年分の記録を借りた。当然、担当者からは訝しがられたけれど、理由を説明すれば感銘を受けたと快く取り揃えてくれた。
――堂々と嘘をつくなんて、昔じゃ考えられないな。
強力な魔物の出現で負傷者は増すばかりだ。初動対応にあたる自警団や領兵に魔法石を配給できないか。防御魔法を封入したものなら、たとえ異端者の反乱に利用されても影響は少ない。上層部へ献策する前に過去の事例を調べたい。それから各領地の魔法石流通量も把握しておきたい。
こんなにあっさり信じて貰えるとは思わなかった。これも大神官という立場のお陰だ。そうルーファスが零せば、少女とよく似た弟、エディはゆるく頭を振った。
『風の大神官様の、お人柄です。真面目でやさしい、神官の鑑のような人だ。そう言っていました』
一つ離れた席につき、机上に落ちていた紫の瞳が不意にこちらを向いた。
「数字、間違っていましたか……?」
「いいえ、問題ありません。この進捗なら来月には報告できそうです」
ルーファスは脱線しかけた思考を魔法石の記録に戻した。調査は当初、一人でおこなっていた。蜜ノ月十九日には風の聖堂へ転移し、四日かけて教会領に戻ってきた。毎月の祈祷は欠かせないため、最低でも五日間は調査できない。だから報告は秋以降になるだろうと考えていた。
エディに会ったのは偶然だった。奉仕の講義で清掃しているところにルーファスが出くわしたのだ。なぜ少女がここにいるのか、思わず声を掛けてしまい、直後に弟だと気が付いた。
『“エディ”が、ご迷惑を掛けているので』
それから弟は講師に許可をとり、ルーファスの手伝いをしてくれている。他にも手伝いを申し出てくれた神官見習いもいたけれど、手は足りているからと断った。図書館の一角は人払いを行っており、衝立で遮られたここには二人しかいなかった。
ナリトから届いた二通目の内容はエディに伝えていない。自分でさえ狼狽えてしまったのだ。姉は魔力が枯渇し眠り続けている。そんなことを知ったら、弟は狼狽えるどころでは済まないだろう。
少女が目を覚ますのはいつか。それは誰にも分からない。命を落とさなかっただけでも奇跡なのだ。四肢の欠損を癒すなど聖女にしかできない御業だ。そう、セレナではなく、少女が聖女であったなら。
――最低だ。
いまだ昏睡状態にあるというのに、喜んでしまった。
少女が聖女ならば、大義名分を掲げてずっと傍に在れるのに。人目をはばかることなく我が君と呼べるのに。やさしい少女が傷つかないように、リシネロ大聖堂の奥深くで保護して、花を愛でるように大切に大切に慈しむのに。真っ白な法衣をまとって微笑む少女は、どんなに愛らしく美しいだろう。
しかしなんの因果か。
少女は聖女を廃そうとしている。そして自分は、それを手伝っている。魔王討伐は彼女の願いだ。水の大神官と土の大神官も、そのために動いているのだ。
◇
魔法石の売買に関する調査は、七ノ月三十日に終わった。少女が目を覚ましたという連絡は、まだ届いていない。
「採掘量は変わっていないのに、魔法石の販売数は年々増えています」
「滞留していた分だと回答するかもしれませんけれど」
「魔法石の値段は、上がってないです」
魔石の採掘量はソルトゥリス教会が決めている。ランプ加工用に必要最低限の量を。魔法石用は三ヶ月に一度、販売数に合わせて調整されている。魔法石は需要が高まっても、採掘間隔が短縮されたりはしない。
先代聖女が崩御した年は魔法石が高騰していた。情勢が安定するとともに需要も落ち着き、魔法石の価格は戻る。
今は滞留在庫を売っているのだとしても、それはいずれ無くなる。魔法石は簡単に作製できないのだ。価格が上昇しないのは不自然だった。それに加え、採掘許可証と魔石管理簿の数値に違和感があった。
魔法石用が上限まで申告されているのは当然としても、ランプ加工用まで数値が上がっていた。
魔物に破壊されたなど、不安定な情勢でランプ需要が高まったのだと言われてしまえば納得してしまいそうだけれど、先代聖女の交代年よりも数値が高い。さらに、この申告は三年前から始まっていた。
担当者は採掘量の増加に気が付いていないのだろうか。それとも些末事だと放置されているのか。
「総大司教様は、ご存じなのでしょうか」
不思議そうに首を傾げたエディへ、ルーファスは曖昧に微笑むことしかできなかった。魔法は教会の儀式でも使用する。魔法に関する事柄は、教皇に次ぐ権力をもつ総大司教の管轄だ。
ナリトは一通目の手紙に記していた。調査が終われば、望む書に手が届くだろう、と。




