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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
199/318

198 団長と異端審問官

視点:セレナ

 苦しい弁明だと分かっている。でもこういうのは勢いが大事なのだ。


「それでも私が聖女だって言うなら、恩を売っておいて損はないと思いますよ?」

「聖神官サマは怖いことを仰る」


 セレナが聖女の地位に就いたあとのことを暗に示せば、シュリアは肩を揺らして笑った。好戦的な笑みを刷いたまま、隣へ首を傾ける。


「ウォーガン、お前あと何年団長したい?」

「――っ」

「常に身を捧げる覚悟で努めている」

「オレもだ」


 第二神殿騎士団の団長は茶色の眉を一瞬寄せたあと、落ち着いた声音で答えた。団長の職を免ずる、重傷を負った時は治療する。そんなセレナのはったりは一笑に付されてしまった。


「ひとつ確認したい。お前らはなにを護ろうとしてるんだ?」


 シュリアは心底分からないといった顔をしていた。


 聖女であるセレナを罰せる者はいない。四肢の欠損を再生できるジルは、教会領で丁重に扱われるだろう。ファジュルは大神官の役目を果たしているため不問。ラシードは重大な規律違反を行ったとして神殿騎士の爵位を剥奪のうえ投獄。それでも聖女の儀式は問題なく続けられると話した。


「ウォーガン様とエディ君は……どうなりますか」

「弟くんは姉さんが嘆願すりゃ幽閉程度で済むんじゃねえか」

「ウォーガン様は、きゃっ!」


 団長を辞めるだけで済むのか。ジルの父親へと下される沙汰に不安を覚えたセレナが確認を重ねたそのとき、突風が奔った。驚き閉じてしまった瞼をあけたセレナは、瞳が映した光景に息を飲んだ。


「なんの真似だ」


 壁際にいたラシードが、シュリアの背後に立っていた。暗い朱色の瞳で見下ろし、第五神殿騎士団団長の首に大剣を添えている。刃を向けられたシュリアの顔からは、すっと笑みが削ぎ落とされた。


「報告を取り止めないなら斬る」

「剣を下ろせ、ラシード。初めから承知の上だ」


 宥めるためウォーガンが腰を浮かせば、シュリアは片手を上げた。そのまま座っていろとばかりに手首を倒す。 


「斬ってどうすんだ」

「すべて俺が勝手にやったことだと自訴する」


 殺気というのがどんなものか分からないけど、セレナはヒリヒリとした息苦しさを感じていた。それがふっ、と軽くなった。正面にいるシュリアが盛大なため息を吐いた。首元にある大剣など無いもののように頭を掻いている。


「オレを殺ったら騒ぎが大きくなるだけだろ。阿呆が。単純なヤツは好きだが要らんとこまで習いやがって。ウォーガンに懐き過ぎだろ。ああいや、娘のほうか」


 シュリアの言葉に鈍色の眉がぴくりと動いた。しかし大剣はその場からわずかも動かない。そんなラシードに構わずシュリアはソファの背もたれに体を預ける。


「聖神官サマのほうがよっぽど聖女サマの為になる。お前に与えられた権限は飾りか」


 ラシードの職務は聖女の警護。肩書は護衛騎士だ。神殿騎士団では副隊長をしていたらしいけど、それでこの状況を打破できるのだろうか。セレナが首を捻っていると、ファジュルはくつくつと喉を鳴らし始めた。その雰囲気はどことなくシュリアに似ている。


「酒場は押さえてるんだろう? 代金はラバン商会にツケときな」

「地区一帯の酒樽がからになるぜ?」

「女神の盾への慰労だ。敬虔な信徒は喜んで寄付させて貰うよ」


 ファジュルが神殿騎士団の異名を口にして一拍、大剣の切っ先が床に落ちた。斜めに向かいあって座った二人には通ずるものがあったようで、同じように口の端を上げている。そこへ、不愉快を押し殺した声が割って入った。


「徒人の神官を次代の聖女と仰ぎ、民の混乱を扇動するのなら」


 上下に並んだ褐色の顔は対称的だった。ソファの後ろに立っているラシードは不愛想で、座っているシュリアは愉快そうだ。


「シュリア・カエクヴァードを異端者とみなす」

「異端者?!」

「扇動などとんでもない! 連日の疲れが目に現れたようです。先の妄言はお忘れください、異端審問官様」


 声を上げたセレナを一瞥してシュリアは素早く立ち上がった。くるりと身を翻し片腕を曲げている。おそらく手の甲を額にあて、ラシードへと騎士の敬礼をとっているのだろう。申し開きは神妙な声色だったけど、どうにも深刻さを感じない。


「いいのか?」

「なにが。たまたま居合わせた従者が戦闘に巻き込まれた。聖神官サマが治療してくださった。オレは事実を報告するぞ」

「……恩に着る」

「シュリア様、ありがとうございます!」


 頭を下げたウォーガンに続いて、セレナも慌てて立ち上がった。姉弟の入れ替わり、ラシードの職務放棄には言及しないとシュリアは言ってくれたのだ。


 ジルの家族を守れた安堵が、セレナの胸に広がる。きっと喜んでくれるだろう。みんな大丈夫だと早く伝えたい。


 騎士のように格好良くて、月光のように綺麗で、太陽のようにあたたかな人。セレナの大好きなジルは、いつ目を覚ますのだろうか。待ち遠しさと、いつとも知れない恐怖の波が交互に押し寄せる。


「保護したっていう子供は風の聖堂に預けたんでいいか?」

「まだウチで預かっとくよ。従者にべったりで離れようとしないんだ」


 フドド廃鉱でジルが使用人に預けたという子供。リングーシー領の花の祭りで迷子になっていた男の子は二つの冊子をファジュルに渡し、一言も喋らないままジルの傍に居続けていた。

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