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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
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195 万全と防壁

視点:伝令使

 モライェと呼称される上級ランクの魔物討伐は、万全を期した。


 圧倒的な攻撃力と耐久力。赤い鱗に覆われた巨大トカゲは古代に存在したとされる魔獣、ドラゴンを彷彿とさせた。硬い表皮は攻撃を弾き、獰猛な牙が並んだ口からは火焔が放射される。


 乾燥を好むモライェの弱点は水だ。水分を含んだ鱗は軟化し、動きが鈍ると報告録に記されていた。馬など簡単に吞み込める巨体へ、並みの騎士が魔法をかけても焼け石に水。


 そこで神殿騎士団はガットア領の気候、にわか雨を活かせる戦場を構築した。


 出現したモライェのねぐらは岩石砂漠にあった。露出した岩盤は迷路のように入り組み、洞窟と化していた。交戦中に雨を厭い逃げ込まれては勝算が下がる。そこで事前に迷路の分岐を潰すことにした。


 戦闘は南方担当の第五、第六神殿騎士団が行うため、魔力はまだ温存しておきたい。そこで北方、東方、西方担当から土魔法の使える者が集められ、迷路の封鎖にあたった。


 モライェがねぐらを離れている時にしか作業はできない。さらに、簡単には破壊できない壁を造る必要があったため、魔力量と制御力が要求された。戦場の構築に三週間は要するだろうと伝令使は聴いていた。


 しかし、実際には一週間しか掛からなかった。


 教会領から派遣された援軍は蜜ノ月二十三日に到着した。そこになぜか、大剣をもつ岩の如き恰幅の騎士が交ざっていた。上級ランクの討伐とはいえ、他団に協力を仰いだとはいえ、いくら土魔法が得意とはいえ。第二神殿騎士団の団長がやってくるなど、誰が予想しただろうか。


 ハワード団長の存在は現場の騎士たちを鼓舞し、安心感を与えた。万が一、作業中に上級ランクの魔物と遭遇してもなんとかなる。神殿騎士団の団長には皆、そう思わせるだけの実力と威容が備わっていた。


 その結果、迷路の分岐潰しは驚くほど速やかに進んだ。多くの魔力を消費する広い空間は、ハワード団長が担当したのも大きいだろう。そうして天井部の岩盤が薄い洞をひとつ残し、戦場の構築は完了した。


 モライェと呼称される上級ランクの魔物討伐は、万全を期したはずだった。


 ◇


「封鎖間に合いません!!」


 作戦通り、水濡れを嫌ったモライェは洞のなかに居た。激しい雨音に気配をまぎれさせ、騎士たちはねぐらに接近。天井部の薄い岩盤を破壊すると同時に、唯一の入り口であった路を土魔法で塞いだ。


「下は崩落寸前です! シュリア団長も退避を!」

「目標は東区へ向かっていますっ!!」


 滝のような水を全身に浴びたモライェの動きは鈍り、攻撃は黒い鱗を貫通した。変異体であっても弱点は変わっていなかった。鱗の色が赤から黒に変わっただけなのか。その答えは、丸太を何本も束ねたような尻尾を切り落とした後に解った。


「最短合流地点はフドド……!」

「風は先行して足止め! 合流後、総攻撃を仕掛ける。居住区に近づけるんじゃねえぞ!」


 モライェの体高は平屋ほどあり、騎士達は破壊した天井部の縁から攻撃していた。魔物は狭い洞にいた。満足に動けない口から放たれる灼熱の火焔は範囲が限られており、対処できていた。


 絶え間なく注がれる風の刃、水の槍。火魔法は効果が薄いため序盤は支援に徹し、風と水の魔法切れが起きたところで接近戦に移行する手筈だった。


 土魔法が使える者はモライェの逃亡に備えていた。第五、第六の騎士たちは主戦場で。魔力回復が十全でない他団から集められた騎士たちは、後方に控えていた。


 魔物から噴き出る黒い靄は立ち昇ることなく、灰色の雨に溶けていた。そのため、気付くのが遅れた。モライェの重量に魔法の衝撃が加わり、耐えきれなくなったねぐらの底部が落ちたのだ。そのとき、切り落としたはずのモノが目に入った。


「後方に伝令! 防御最優先。低ダメージは無意味。変異体はめんどくせえ再生能力持ちだと伝えろ」


 ◇


 腕力は劣っても第五神殿騎士団で最速の自負があった。だから自分は伝令使に任命されたのだ。


 東区方面には十二名の他団騎士が待機していた。うち一名は、第二神殿騎士団の団長だ。


 再生する変異体とはいえ消耗は大きいはずだ。水に濡れたモライェに岩盤を掘り進む力はない。そう判断したハワード団長により、坑道の出口前に防壁を築き、そこで先行隊とともに足止めする策が立てられた。


 伝令使の自分より足の速い者はいないはずだ。だというのに到着したフドド廃鉱には、南方担当を示す赤い差し色の騎士服をまとった者がいた。長剣の三倍はある幅広の大剣も、見知ったものだ。


 大神官の護衛に就くため第五神殿騎士団を離れていたバクリー副隊長が、一人でモライェと戦っていた。


 偶然、魔物調査に訪れていたのだろうか。対峙する巨大トカゲの魔物は上級ランク。それも能力値が上昇している変異体だ。並みの騎士なら死を悟る。しかし戦闘狂いと評されるバクリー副隊長のことだ、さぞかし愉しんでいるだろう。そう思ったのだが。


「作戦変更だ。俺とラシードで足止めする。目標を囲め」

「それではお二人が」

「頃合いをみて離脱する」


 モライェと対峙する大剣が二本になった。雨はハワード団長と合流した時に上がっていた。赤茶けた景色に濃淡のまだらができ始めている。鱗の水分もじきに乾いてしまうだろう。伝令使より作戦変更を伝えられた騎士たちが動き出す。


「――頭は狙うな!!!!」


 咆哮のような重低音に空気が震えた。無表情、無感動が標準装備。非常に稀な笑みが見られるのは強敵と戦っているときだけ。伝令使が知っている顔はそれだけだ。戦闘狂いの焦るところなど、見たことがなかった。


 常のバクリー副隊長なら真っ先に魔物の急所を、モライェなら喉元を狙っているはずだ。それが強固な前脚ばかり斬りつけているから不思議に思っていた。そういえばモライェはここでは一度も火焔を吐いていない。頭になにかあるのか。


「……赤い、ロープ?」


 目を凝らせば閉じた牙のすき間から、だらりと一本なにかが垂れていた。魔物の動きに合わせて揺れるそれは、光のような赤い雫をまき散らしている。ハワード団長もそれに気が付いたのだろう。


 刹那、尖塔のような大岩が天を突いた。


 岩は再生していた魔物の尻尾を貫いている。連日消費していたにも関わらず、ここまで魔力が回復しているとは。さすがは団長格だと伝令使は驚嘆した。


 土魔法でモライェの移動を制限したハワード団長は、バクリー副隊長と共に黒鱗に覆われた前脚を潰しはじめた。伝令使に見えたのはそこまでだった。大剣を揮う騎士二人と巨大な魔物一体。その周囲に、土魔法による防壁が築かれていく。


 ――眺めてる場合じゃないッ。


 先行隊と本隊に戦況を伝えるため、伝令使は風の強化魔法を足に掛け直した。

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