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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
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189 廃鉱と復活

「コイツがいりゃ魔物も楽勝だぜ」

「だからって素性の知れねェガキを連れてくんなよ」

「魔素信仰だってんだからイイだろ」


 ジルは今、廃鉱の入り口そばに建てられたあばら屋にいた。朽ちかけた板壁のあちらこちらからすき間風が入り込んでいる。


 椅子に座った痩せぎすの男、ジルが魔物から助けた大男。二人は魔素信仰者に雇われたならず者のようだ。興奮気味に話す大男の言葉を受け、痩せぎすの男は椅子から立ち上がった。


「どうやってこの場所を知った」


 剣呑な視線とともに、ジルの頬にひたりとナイフが当てられた。魔王クノスを崇める魔素信仰は異端だ。その信者のアジトがおおっぴらに知られているはずがない。夢でみた、と答えれば不気味さや狂信を演出できるだろう。しかし同時に警戒が高まるのは必至だ。それでは情報を引き出せない。


「市場でコップの回収をしているときに、聞こえてきて」


 魔物と戦える人間がナイフを過剰に怖がるのは不自然だ。ジルは無表情、声の抑揚を抑えたまま質問に答えた。市場にはたくさんの人が集まるため、魔素信仰者が紛れていてもおかしくはないはずだ。それでも痩せぎすの男は変わらず疑いの目をジルに向けている。


「冤罪で親が異端狩りにあったんだとよ」

「復讐か」

「魔王様が復活すれば……教会こそが、異端です」


 帽子のつば越しに男を見据え、ジルは静かに言い切った。と同時にナイフが跳ね上がる。深く被っていた帽子は宙を舞い、軋みをあげる床に落ちた。


「おあつらえ向きだな。妖魔だなんだと迫害でもされたか?」

「おわっ! なんだオマエ、きれいな顔してんなぁ。髪もサラッサラじゃねぇか。どっかで飼われてたのか」


 反射的に払いのけそうになった手をジルはぐっと抑えた。急遽予定を変更してここに来たのだ。いま敵対するのは拙い。無遠慮に髪を触り続けている大男の隣から、盛大なため息が吐き出された。


「銀目のガキといい。適当にほいほい拾ってきやがって」


 ――銀目?


「使えねぇなら売るだけだろ。そういや銀髪の孤児を探してたヤツがいたな。アイツに教えてやりゃあイイ」

「それは教祖サマが決めることだ。コイツも牢に入れとけ」

「ま、待ってください! 魔素信仰の方とお話を、っ!」


 腕を捻り上げられてしまった。大男はそのまま慣れた手付きでジルを後ろ手に縛っている。痩せぎすの男は壁にかかった鍵束を手にとり放り投げた。


「武器は取り上げとけよ」

「わーってるよ。オマエなら魔王さまの使いだっつって担ぎあげられると思うぜ。教祖サマに会わせてやっから大人しく待ってな」


 鍵束を掴んだ大男はジルの腰から短剣を外しテーブルに投げた。ゴトン、と金属と木材のぶつかる音は一度しか立たない。袖に隠したナイフには気が付いていないようだ。これなら隙をみて逃げ出せる。しかし、先ほど話題にでた子供は。


 ――銀色の目なんて他に知らない。


 ここから抜け出すよりも、リングーシー領で迷子になっていた男の子なのか確かめたい気持ちが勝った。別人だったとしても攫われた子供が牢にいるのだ。


 ジルは抵抗せずあばら屋から外へ出た。太陽は高く、地面はまだ濡れていない。今はお昼頃だろうか。大男は岩壁に立て掛けてある板をずらし、ぽっかりと黒い口をあけた廃鉱に足を踏み入れた。


 陽の明かりは遠くなり、今は点在する魔石ランプが唯一の光源だ。廃棄された坑道は傷みが激しく、足元には崩れた岩や、柱に使われていたであろう坑木が転がっている。つまずかないように気を付けなくては。手を縛られているから受け身がとれない。


「教祖様という方には、いつ会えるのでしょうか」

「次は……五日後だったか?」

「五日!?」

「ここだ、入れ」


 削られ空洞となった岩盤を牢として利用しているようだ。ぱらりと砂粒が落ちてきた。行き止まりとなった坑道の両端に鉄格子がはめられている。向かい合った牢の一つから人の気配がした。しかし奥にいるため顔はよく見えない。


「飯は運んでやるよ。魔物から助けてもらった恩があるからな」


 ――でも売るんだ。


 ジルとならず者では道義が大きく異なるようだ。誰もいない牢の扉をあけた大男はジルの縄を解き錠をかけた。足音が段々と遠ざかっていく。かびと土の臭いに満たされた空気の振るえが静まるのを待ち。


「そこに、誰かいますか?」


 ジルは向かい側の牢へと声をかけた。薄暗い洞から濃い影が近づいてくる。鉄格子の先には、花の祭りで迷子になっていた男の子がいた。白銀の双眸は今にも泣き出しそうだ。


「どうしてここにいるの! お迎えは?」

「すぐにくるって、いったのに」


 その一言で、探し人は見つからなかったのだと分かった。ならば男の子はリングーシー領で攫われたのだろうか。家族とはぐれただけでなく、知らない土地に連れ去られた心細さはいかばかりか。


 ――家族がみつかるまで一緒に探してあげればよかった。


 慰めようと無責任な言葉をかけた自分に腹が立った。家族の代わりにはなれないと分かっている。それでもジルは、今すぐに男の子を抱きしめてあげたかった。


「ごめん。ごめんね。次は必ず、お家に帰してあげるから」


 しかし、鉄格子が邪魔をして近づけない。

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