188 古着屋と鉱山
赤色に黄色、青色に緑色。目の覚めるような衣を身にまとい行き交う人々の髪色は、茶や黒が多い。時折り灰色の人も見かけるけれど、ジルのような銀色はいない。
ガットア領でも自分の髪色は珍しいようだ。だから視線を感じたのだろうと思っていたけれど、実は違うのかもしれない。監視されているような気配には気が付いていない振りをジルは続ける。
――どこで飲もうかな。
とりあえず買った飲み物を片付けておこう。そう思い飲み歩きに慣れていないジルは座れる場所を探した。が、見当たらない。仕方ないので人通りの邪魔にならない隅に寄った。
「おいしい」
素焼きのコップと一緒に渡された木のさじで慎重にクリームを混ぜれば、まろやかな甘みが舌に広がった。口当たりはさらりとしており飲みやすい。からになったコップは通りに置かれた木箱のなかに入れるとのことで、ジルはその通りにした。
教えて貰った古着屋はすぐに見つかった。狭い店内は、服をぎゅうぎゅうに詰め込んだクローゼットのようだった。このなかから目当ての物を探すのは時間がかかりそうだ。そう判断したジルは老齢の店主に要望を伝え、呆気にとられた。布の列へ適当に手を突っ込んでいるように見えたのに、揃った服はジルにぴったりなのだ。
上衣は長袖のチュニックで形は変わっていないけれど、色は濃い紫から灰色に変わった。パンツはだぼっとしているのに動きやすい。その裾を巻き込むようにしてロングブーツを履いている。
「すごい」
「帽子を忘れるな。毛色の違う子供は目立つ」
ジルは店主に、鉱山へ行くので汚れてもいい服を見繕って欲しいと伝えていた。釣り鐘のような帽子は視界を少し狭めるけれど、髪を隠すのにちょうどいい。取っ付きにくい雰囲気に反して店主は思いのほか親切だ。
「あの、実は僕、誰かに後をつけられてるみたいで……よろしければ、別の出入口を使わせていただけませんか?」
「もう目を付けられてたのか。裏口を使え。二つ目の角を曲がったらジャバラウ地区行きの停車場が見える」
「助かります! ありがとうございました」
ジルが元々着ていた服は、陽が沈む頃には引きとりに来るからと言い、古着屋で預かって貰った。今から向かう場所はファジュルの商売敵が幅を利かせている。ラバン商会に迷惑を掛けないため、足につけていた紅いカメオは脱いだ服に包んで置いていった。
◇
市場と市場をつなぐ駅馬車に揺れられること四時間。ちらちらと感じていた気配は無くなっていた。何者かは分からないけれど上手くまけたようだ。
圧し固められた道に砂色の建物はタージャスタン地区と変わらない。しかしここの市場はランプや宝石を扱う店が多いようだ。魔法石の販売許可をもつ魔宝飾店もあった。
あまりの煌びやかさに思わず目を奪われてしまったけれど、ジャバラウ地区で買う物はない。ここはただの通過点で、ジルの目的地は魔素信仰者がアジトにしているフドド廃鉱だ。
ガットア領は西から北にかけて岩石砂漠が広がっている。その中の一角、北東にある鉱山へと続く道をジルは進んだ。
点在していた樹や草は段々と数を減らし、周囲はナイフで削られたバターのようにガタガタとした岩山が多くなってきた。すれ違った人はみな一様に疲れた様子で、ジルは誰にも見咎められない。この調子なら確認もすぐにできるだろう。
「なにサボってんだ! 早く持ち場に戻れ!」
「す、すみません。道を間違えました」
ジルの楽観は威嚇によって肯定された。この方角にはフドド廃鉱の入り口がある。現行の採掘場から離れた道を荒くれた大男が見張っているということは、この先に不都合があると言っているようなものだ。
今日は夢との相違を確認しに来ただけだから、長剣はファジュルの邸に置いてきた。怪しまれる前に退散しよう。ジルは翻した身を、そのままぐるりと捻り腕を振り抜いた。
「小僧なにしやがる!!」
短剣が自身の傍を通り過ぎたのだから怒声を上げるのも当然だ。ジルも騒動を起こすつもりは無かった。
しかし、魔物が迫っているのに放って帰るなんてできなかった。
攻撃されたと思った男が剣を手に近づいてくる。それを無視してジルは駆け抜けた。大型ネズミの魔物は一匹だけではない。大男の後方で黒い靄を吐き出している魔物から短剣を引き抜く。手早く柄を持ち替え前歯を突き立てようと構えていたネズミを斬り伏せた。魔物はもう一体いたはずだ。
「くそッ、チョロチョロしやがって」
「止まってください! 魔物が動いたところを狙うんです」
大型ネズミと言っても両腕で抱えられる大きさしかなく、動きは素早い。やみくもに剣を振っても攻撃は当たらない。大男は魔物の急襲に焦っているのだろう。ジルの声は聞こえていないようだ。
ネズミの尻尾に足をとられ大男が体勢を崩した。そこへ飛びかからんと魔物は低く身構える。後ろ足が地面から離れ。
「動いた直後は進路が固定されるので、そこを狙えば当たります」
すぐに地面へと縫い止められた。ケガもなく戦闘が終わりほっとしたのだろう。投擲した短剣を回収するために近づけば、大男は放心した様子でジルを見上げていた。
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