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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
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173 二択と練習

 ――これ、マズいのでは……。


 泳ぎの確認に気を取られ時間を忘れていた。湯着を身につけているとはいえ、肌の露出は多く、水を含んだ衣はしっとりと体にまとわっている。ファジュルとは比ぶべくもないけれど。セレナにも遠く及ばないけれど。弟に成り代われる体型だけれど。


 ――あ、セレナ神官様かもしれない!


 ナリトとユウリでないのは確実だ。使用者の確認をしたとき、ファジュルはいつも朝に入浴するのだと使用人は言っていた。清掃が始まったということもないだろう。残る可能性はセレナとラシードだ。


 エディとセレナが一緒に入浴していたのを使用人は知っている。二人なら混浴でも問題ないと通した可能性は高い。むしろそうであってほしい。でなければジルの旅はここで終了する。生存確率を少しでも上げるために、正体を見極めるまでは身を隠したい。


 しかしジルの希望は初めから用意されていなかった。広い浴場には仕切りや柱といった遮蔽物は一切ないのだ。唯一の救いは魔石ランプの明かりが絞られていること。浴場に散りばめられたキャンドルを美しくみせるための演出だろう。つまり。


 ――火を消せばもっと見えづらくなる!


 ぷかぷかと湯に浮かんだもの。浴槽の縁に置かれたもの。水音を立てないよう気を付けながら、ジルはキャンドルの火を吹き消していく。蜂蜜のような香りと芯の焼けたにおいが漂う。目についたものから息を吹きかけ暗がりが濃くなってきたころ、湯気とは異なる空気の流れが発生した。浴場に誰かが入って来たのだ。


 ジルは浴槽の端、一番暗いところへ移動して身を沈めた。あたたかい湯に口まで沈め。


 両目を閉じた。


 セレナの背はあんなに高くないし、肩幅も広くない。ジルは二択を外したのだ。このままお湯に溶けてしまいたい。そうしたら排水と一緒に脱出できるのに。蜂蜜でもいい。キャンドルのように溶けて姿を変えるのだ。それで菓子になって。いや、今は甘いものより水が飲みたい。


「――っ、大丈夫か!」

「うわあああああ!!!!」


 両脇にいきなり手を差し込まれた。ジルの努力も虚しく、開かれた瞼の先には護衛騎士が立っていた。ラシードの声には焦りが滲んでいたような気がするけれど、焦り具合ならジルも負けていない。口から出た音は浴場を震わせんばかりに響いた。


 湯のなかから無理やり引っこ抜かれた体は、まるで下から引っ張られているように重たい。重たいのだけれど足は浮いている。驚きと焦り、なによりもラシードと向き合っているこの状況。子供をあやすように掲げられた体勢は。


「放してください! あとどうして湯着をきてないんですか!!」


 とてつもなく恥ずかしい。いくら薄暗くても光源は残っているのだ。さらに至近距離で体を固定されてしまえば、否が応でも鍛錬によって鍛えられた上半身が目に入った。男性の裸を見るのは初めてではない。けれどそれは自分とよく似た弟のもので。


 ――深呼吸、深呼吸。


 ジルは脇下に伸びた硬い腕を掴み、早く放せと力いっぱい押し下げた。すると思いのほか簡単に足裏は浴槽を踏んだ。と同時にジルはほの白い湯に身を沈める。


「湯着ならつけている」

「えっ」

「元気そうだな。溺れる練習でもしてたのか」


 重低音な声には不服や怪訝、安堵といった色々な感情が覗いていた。浴槽から見上げれば、ジルの湯着と同じ素材の布がラシードの腰にまとわっている。しかし上はなにも着ていない。もしや。


 ――上下着るのは女性だけ?!


 勘違いしていたとはいえ、湯着の話題を続けるのは危険だ。エディはセレナと入浴していたから上も着ている、なにか言われたらこれで通そう。ジルとしては、もうひとつの話題も触れたくないけれど。


「泳ぎの練習を、していました」


 水に浮かないのだ。溺れていたのと変わりない。不貞腐れても泳げるようになるわけではないけれど、ジルはつい口を尖らせてしまった。顎に触れていた湯が波打ち唇に触れる。あつい湯から視線を上げれば、ラシードも身を浸していた。


「水に顔をつけられるのか?」

「はい」

「水に恐れがないなら泳げるようになる」

「本当ですか……!」

「初めは浮く感覚に慣れるのがいいだろう。支えてやる。手足を伸ばしてうつ伏せになってみろ」


 予想外の水泳訓練が始まってしまった。これは同情されただけなのか、実は罠なのか。泳げるという言葉に嬉しくてつい声を上げてしまったけれど、最優先はここからの脱出だ。先ほど抱え上げられたときの様子をみるに。


 ――複雑だ。


 喜ぶべきか悲しむべきか。いや、視界が暗いからラシードは判断がつかなかったのだ。きっとそうだ。これならしれっと湯から上がれば、女性だとは気づかれないのではないだろうか。


 ――よし、いってみよう!


「ありがとう、ございます。でも、僕はこ、の」


 ジルが立ち上がったとき、大きな音を立てて扉がひらいた。と同時にふらりと浴場が傾く。名前を呼ばれた気がする。けれどジルの思考はあつくふやけて真っ白になった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ご褒美でしかないっ!!!、 ラシード様とのルートであれっ!!! まじお願いしますお願いします
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