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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
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164 治安と商会

 ジルが調理場でコーヒーの淹れ方を習っている間、セレナは客室の居間でガットア領の地理や治安を教わっていたらしい。先のリングーシー領はセレナの出身地であり、さらにルーファスが常に付いていたから必要なかったのだ。


「ファジュル様の商売敵? 仲の悪い商会さんの商圏には、一人で行かないでくださいって」


 談話室での昼食はジルとセレナ、ラシードの三人で行われた。ファジュルは商会の仕事で不在。どうやら夜までいないらしい。


 饗された料理は、白くて粒々したライスという食材に、ゆでた鳥がのせられていた。まろやかなソースが味を締め、さっぱりとしながらも食べ応えがある。添えられていた赤や黄の野菜は目に鮮やかで、少し気分が上向いた。


「どんな名前の、商会さんですか?」

「えっとね、ジャ……ジャバ……ジャウ?」

「ジャバラウ商会です」

「それです! ラシード様、ありがとうございます。ジャバラウは土地名からとってて、火の聖堂から東側なんだって」


 初めての土地だから不安が大きいのだろう。食事の手を止め、気を付けようねと話すセレナの表情は真剣そのものだ。それへと頷いて返すジルの声も、重たいものとなった。


 ――これは夢と一緒だ。


 ジャバラウ商会は、ソルトゥリス教会から正式に魔法石の製作や売買が認められている。その一方で、無許可の魔法石にも手をつけていた。


 ちなみにラバン商会は魔法石を取り扱えない。新興商会であること、そしてファジュルが会頭を務めているのが主な要因だ。火の大神官という、地位と信仰が保障されている者に力を集中させないためだとゲームでは語られていた。


 ならば、タルブデレクの領主である水の大神官はどうなのか。となるのだけれど、領主は出生と結びついたものであるため問題ないらしい。結局のところ教会は、魔法石の流通を抑えたいだけなのだ。


 当然、ファジュルはそれが気に入らなかった。だからヒロインを使って一計を案じた。


 資金繰りに失敗したていで、ラバン商会はジャバラウ商会を頼り取引を持ちかける。首尾よく締結できたファジュルは祝いの宴をひらき、ヒロインを同席させた。その宴で聖魔法を使う事態が発生する。希少な聖神官の存在を認識したジャバラウ商会は、ヒロインに目を付けて誘拐。するのだけれど、すべてがファジュルの手の上だ。


 かねてより魔法石の不正売買を疑っていたファジュルは、ジャバラウ商会に間諜をつけていた。魔素信仰者のアジトに囚われているヒロインを難なく救出したファジュルは、異端者と繋がっていたジャバラウ商会をソルトゥリス教会に告発。商売敵は強制解散となった。


 ――ガットア領に来たら、その宴に参加するのだと思っていたけれど。


 すでにゲームとは進行が異なっている。ジャバラウ地区に一人で行ってはいけないということは、関係は悪いままなのだろう。もしや、明日の商談相手がジャバラウ商会なのだろうか。もしそうなら。


 ――おいしいコーヒーを淹れられるよう頑張ろう。


 茶葉やコーヒー豆の取引ではないのだから、お茶が商談の決定打になることはない。それでも、美味しいものを出したほうが好印象に決まっている。


「午後もガットア領について教えて貰うんだけど、エディ君も一緒に聴く?」


 うわの空でスプーンを動かしていたジルの耳に、セレナの声が入り込んできた。治安は重要な情報だ。ジルの身を案じてくれたのだろう。セレナの気遣いに口元が緩んだ。


「ありがとう、ございます。しかし午後も、給仕の練習がありますので」

「そうなんだ。それじゃあ私がしっかり聴いて、後でエディ君に教えてあげるね」


 フォーク片手に意気込むセレナへ、ジルは再びお礼を告げた。ジャバラウへ乗り込む機会を窺っている、なんて考えは伝えないほうがいいかもしれない。猛反対されそうだ。


「明日のために一度、コーヒーの味をみていただきたいのですけれど……後でお部屋にお運びしても、よろしいでしょうか?」

「それなら休憩時間にしちゃって、中庭で一緒に飲めないかな」


 テーブルセットがありましたよね、とセレナは護衛騎士へと首を傾げた。そのテーブルは早朝、素振りをした時にジルも見かけていた。赤い花をたわわに咲かせた樹の傍に置かれていたものを言っているのだろう。セレナの視線を受けたラシードは、無表情のまま朱殷色の瞳を上へとずらした。


「……十四時以降でしたら問題ないでしょう」


 感情を窺わせないいつもの声音だったけれど、許可を出すまでに少し間があった。ラシードは何を思案していたのだろうか。ラシードの正面にはジル、その後ろには海を望む大きな窓があるだけだ。


「お昼のすぐ後に休憩はできないから、その位がちょうどいいかも」

「かしこまりました。十四時以降に、お伺いいたします」


 そうして昼食を終えた三人は、午前中と同じ場所に戻った。

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