表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
163/318

162 熱と水

 軽い疲労感は微笑みに隠して双眸を覗き込む。


『どうかな?』

『まだ……ごめん』

『貴方のせいじゃないよ』


 俯いた頭を撫で、再び唇を重ねた。この子が体に溜め込んだ苦しみに比べれば、自分の疲れなんて小さなことだ。


 ある日、人という種族をみつけた。


『ぼく、まちがえた?』

『間違えてないよ。ただ、他の子たちよりも弱いみたい』


 不安そうに見上げてくる顔へ微笑む。精霊や妖精、獣や鳥はみんな変わりない。人だけがいつも、なにかと争っていた。


『私が調整するから大丈夫』

『ありがとう』


 減らし過ぎると他の種族が生きられなくなってしまう。だから人の棲み処だけ、ほかよりも濃度を下げた。


『きょうも?』

『まだ治まらないみたい』

『わかった』


 不安と寂しさを懸命に隠そうとする姿が、たまらなく愛おしい。自分と対を成す唯一を抱きしめて、ただの口付けを落とした。


『すぐに戻るから』


 その日、私たちは迷子になった。


 ◇


 伸ばした指先に熱が触れた。


 ここにいたのだと嬉しくて必死に掴んだ。もう置いていかないから離れないでと引き寄せた。触れたぬくもりに、独りにしてごめんねと涙が溢れた。


 不意に、背中にも熱が触れた。


 大丈夫だと伝えてくる揺れに安心して、でもやっぱり不安で。離れていかないように、存在を確かめるように。掴んだぬくもりを強く抱きしめた。


 ◇


 喉の渇きを覚えてジルは目が覚めた。弟のような、違うような。大切な誰かの夢をみていた気がする。情景はぼんやりとしていて思い出せない。そのなかで今はっきりと分かるのは。


 ――お水飲みたい。


 寝台の上で聖魔法を使って、そのまま眠ってしまったようだ。ここは暖かいから何も掛けずに眠っていたらしい。視界が暗い。今は何時だろうかとジルは時計を探し。


 「なんっ!!」


 ゴツンと音を立てて寝台から転げ落ちた。床へとしたたかに打ちつけた体が痛い。しかし、ばくばくとうるさい心臓に比べたら大した問題じゃない。痛みによってはっきりと覚醒した思考で確認しても、ジルは状況がさっぱり理解できなかった。


 部屋には小さな灯りが一つともっていた。視界が暗かったのは、目の前に壁があったからだ。


「寝る時くらい静かにしろ」


 薄暗い室内に不機嫌な声が落ちた。睡眠の邪魔をされたから苛立っているのだろう。しかし、怒りたいのはこちらも同じだ。立ち上がったジルは拳に動揺を握り込み、眼下を睨む。


「どうしてそこで寝てるんですか!」


 自分の寝台にラシードの大きな体が横たわっていた。副寝室には二つの寝台が置かれている。二人で使えば狭いと分かっているのに、わざわざ隣で眠る理由が分からない。寝ぼけて間違えたのだろうか。まさか残っていたあの酒を飲んだのか。


「お前が放さなかったんだろう」

「はい?」


 腹の底から声が出た。無表情を作るのも忘れて眉根が中央に寄る。説明するのも億劫だといった声はその場で寝返りをうち、ジルに背中を向けた。


「なんでわた、僕がそんなことを」

「覚えてないならさっさと寝ろ。二時間後には夜が明ける」

「……そこ、僕の寝台です」

「隣を使え」


 腑に落ちない。なぜ自分が移動しなければならないのか。放さなかったと言われても、そんな記憶はない。もやもやと霧が掛かっているようでスッキリしない。しかし。


 ――喉が渇いた。


 言い分は飲み込めないけれど、水は飲みたい。ラシードに背中を向けてジルは副寝室の扉をあけた。居間の魔石ランプはすべて灯っており、暗さに慣れた目には眩しい。テーブルに瓶やグラスは無く、綺麗に片付いていた。


 衝立の向こう側、簡易台所には新しい水差しが置かれていた。邸の使用人が取り替えてくれたのだろう。整えられたグラスを一つ手に取り水を注ぐ。


 ――おいしい。


 乾いていた体に水はあっという間に沁み込んだ。一杯では足りず二杯目を注ぐ。床にぶつけた体を聖魔法で癒し、次は喉を潤すようにゆっくりと水を流し込んだ。


 落ち着いた頭でジルは考えてみる。ラシードがわざわざ嘘をつく利点はあるだろうか。少なくともジルに思い当たる節はない。では、放さなかったというのが本当だとすると。


 ――ないないないない! エディと間違えるなんて!!


 教会領の寄宿舎で一緒に眠っていたとき、目が覚めると弟の手を握っていたことはあった。それが一度や二度ではなかったから、癖になっているのだと思う。しかしそれは同じ寝台で眠っていたからだ。放さないもなにも、まずラシードが近くにいなければ掴めない。


 ――探られてるのかな。


 やはり護衛騎士は姉弟の入れ替わりを疑っており、決定的な証拠を掴むために知らない振りを続けているのだろうか。もしそうなら。


 からになったグラスを置き、ジルは副寝室へと向かった。ラシードは変わらず同じ場所で眠っている。その傍を通り過ぎ、誰もいない寝台から上掛けをはぎ取った。


 明るい居間に戻ったジルは上掛けを体に巻きつけて、ソファに寝転ぶ。


 ――これからは同じ部屋で眠れない。

ブックマークに評価、ありがとうございます。

お陰さまで気が付けば30万文字も執筆しておりました。


軽い設定を置いておきます。イメージの一助になれば幸いです。

▼身長の高い順( )内は年齢

ウォーガン(36)>ラシード(20)>デリック(21)>ナリト(22)>>ルーファス(19)>>ファジュル(24)≧クレイグ(16)>セレナ(16)=エディ(14)=ジル(17)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ