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傾界の聖女  作者: たま露
【火の領地 編】
151/318

150 船長室と主張

「エディ君!」

「セレナ神官様?! どうしてこちらに?」


 船長室の扉をあけたと同時にセレナが駆け寄ってきた。ジルの体に合っていない神殿騎士の制服に目を落とし、眉根を寄せている。


「船がすごく揺れて心配で。エディ君を探してたら」

「アタシがここに居ろって言ったんだ海に転落でもされちゃ面倒だからね」


 入室したファジュルはジルとセレナにソファをすすめ、自身は向かい側の椅子に座った。ラシードは扉の傍で控えるようだ。


「海に落ちてないんだよね?」

「はい。大丈夫です」


 物見台から落ちた。そう答えれば、桃色の瞳は心配で溢れかえってしまうだろう。だからジルは黙っていた。足を組み様子を窺っていたファジュルが口を開く。


「先にラシードの話を訊こうか」


 椅子の背に体を預け、護衛騎士には顔だけを傾けていた。波打つ亜麻色の髪が船とともに揺れる。ラシードは、ジルが物見台から落ちてきたことを話すのだろうか。朱殷色の瞳がこちらを見た。しかし視線はすぐにファジュルへと移動する。


「甲板に出たらエディがいた。それだけです」

「上着は?」

「暑かったので預けました」


 ラシードは眉ひとつ動かさず淡々と話した。対したファジュルは顔を正面に戻し、頬を指先でたたきながらジルを眺めている。ラシードは嘘をついていない。けれど黙って向けられる紅玉の瞳に居心地の悪さを感じるのは、水夫に傷を負わせてしまったからだろうか。


「もういいよ。セレナを連れて戻りな」

「私、ここにいちゃダメですか?」

「用はない。ここはアタシの部屋だ。出て行きな」


 セレナを追い出すようにひらひらと褐色の手を振り、ファジュルは退室を促した。唇は貝のように閉ざされており取りつく島もない。それでもセレナはすぐに立ち上がらず、じっと火の大神官を見詰めていた。


「セレナ神官様、すぐに戻ります」


 そんな膠着はジルが発言したことで終わった。気遣うセレナを安心させるため微笑んでみせ、扉まで一緒に移動した。


 ――風の大神官様の心配性が移ってる。


 護衛騎士とセレナの後ろ姿を見送ったジルは、再びソファに座り直した。それと同時に正面から、面倒だと言わんばかりに盛大なため息が零された。


「申し訳ございません」

「謝るようなことをしたのかい」

「え?」

「ケガをさせたって言ってたね。理由は」


 不快だったから。この一点に尽きる。しかしジルが物見台に登らなかったら、初対面の人間をもっと警戒していたら。この事件は起こらなかった。なにを口にしても言い訳になってしまう。


「僕の、不注意です」

「ケガの程度は」

「鼻の打撲と、肩の刺し傷です。骨は折れていないと……思います」

「不注意でそれだけの怪我をさせてたら、あんたは今ごろ人殺しだよ」


 呆れたように掠れた声が吐き出された。椅子から立ち上がったファジュルが近づいてくる。先ほどまでセレナが座っていた場所に、紅い衣装が広がった。


 裁定を下すため見張番の証言も訊く。だからこのまま同席するようにとファジュルは話した。それへ承諾を示せば、なぜかジルは頭をひと撫でされた。


「入っといで」


 船長室の外で待機していたのだろう。ファジュルの許可を合図に、偉丈夫が赤茶髪の男を連れて入室してきた。鼻には貼り薬、肩の具合は服で見えないけれど、この様子なら刺し傷も治療済みに違いない。男は怯えた様子で視線を彷徨わせており、一度もファジュルを見ようとしない。


「言い分があるなら聴くよ」

「あ、あいつから誘ってきたんです! それなのに急に態度を変えて。オレは被害者です!」


 男は堰を切ったようにまくし立てた。船長室の外にまで響いたのではないかという勢いに、思わずジルの肩が跳ねた。喋っているうちに頭に血が上ったのだろう。扉の前に立った男はジルを指差し、大きな声で主張を続けた。


「こいつは女です! オレ達を騙そうとしてたんだ!」


 突き刺さった言葉でジルの呼吸は止まった。否定をしなければ。火の大神官は甲板で会った当初から訝しんでいた。教会領へ帰されるわけにはいかない。ジルはぐっと拳を握る。


「僕は」

「性別なんて訊いてない。手を出したかどうか、それを確認してるんだ」

「こ、恋人はいないって」

「んむっ」


 主張し損ねたジルの言葉は、やわらかな胸元に押し潰されてしまった。握っていた拳は驚きにほどけ、引き寄せられた勢いでファジュルの膝上に移動している。


「当然だろう。この子はアタシの家族だ」

「カメオ、カメオをつけていません……!」


 焦る男の反論にファジュルの腕が緩んだ。片眉を上げ、抱き込んでいたジルを見分し始める。見上げた先にある紅玉の瞳は首、耳、腕をなぞり、ソファの下に落ちていく。


「え、あの」


 ジルからはしっかりと見えていた。


 ファジュルは自身が着けていたブレスレットを外し、ジルの足首に飾った。しゃなりと垂れた細い金鎖には紅い宝石が連なり、カメオが一つ下がっている。


「足に着けてるじゃないか」


 腰を上げソファに座り直したファジュルは、ジルの裾を引きあげ平然と言ってのけた。


 ――横暴だ。

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