142 報告と叱責
出ていけ、行かない。その問答をする時間が惜しいため、そのまま報告を行うことになった。デリックの粘り勝ちだ。
「立場上、話せないこともあるだろう。言えることだけでいい」
まず義父はジルの帰還を喜び労ってくれた。それから対面のソファに腰掛け、相談や話しておきたい事はないかと問うてきた。エディの正面、ウォーガンの横にはデリックが座っているため、入れ替わりや聖女のことは黙っていろということだろう。
――建前の魔物調査。この範囲で話しておきたいことは。
ジルはちらりと斜め前を窺う。生き生きとした深緑と目が合った。
聖女の儀式が終わった後なら、入れ替わりも終わっている。だからエディ本人が答えるだろうと思い、ジルはデリックの懇願を承諾していた。
ジルに求婚していた時とは異なり、今回は義父公認だ。とても嬉しいのだろう。演習場前のような好意いっぱいの気配をにこにこと放出していた。エディに向けられたものだと分かってはいるけれど、なんとも落ち着かない。
ジルは素早く視線をウォーガンに戻した。
「魔王クノスって、どこにいるかご存じですか?」
「「は?」」
正面にある茶色の眉が物凄く中央に寄った。笑顔だったデリックまで呆気にとられており、隣のエディは両目を瞑っていた。
魔素が濃くなると魔物が増える。ならば魔素の発生源である魔王を倒せば、根本的に解決するのではないか。魔物調査のかたわらそう考えたのだとジルは皆に話した。考えに賛同してくれた風の大神官は、魔王の封印について調べてくれている。神殿騎士団として、何か情報を持っていないかとジルは尋ねた。
「……魔物調査が、どうして魔王討伐になってるんだ」
いち早く思考を立て直したウォーガンは渋い顔でこめかみを抑えている。
「風の大神官様のほかに知っている者は?」
「セレナ神官様も、ご存じです。バクリー騎士様には、話していません」
「魔王と戦えるなんて知ったらあいつ、大喜びで参戦するぞ」
「教会には、内緒で進めたいので……」
ラシードは異端審問を委任されている。魔王討伐だけならまだしも、聖女解放や従者の入れ替わりまで知られてしまったら、どうなるか分からない。経過はできるだけ伏せておきたかった。
「仮にだ。魔王の居場所が分かったとしよう。どうやって戦うつもりだ?」
「ぁ」
考えていなかった。ジルは魔王さえみつかれば解決する思っていた。棘のような視線が刺さる。表情は呆れているというより。
「一年間、調査に随行する。それがお前の職務だ。余計なことは考えるな」
叱責されてしまった。ウォーガンだけでなく、隣からも責めるような気配を感じた。エディと目が合えば追撃されると分かっているので、ジルは微動だにせず考える。セレナに約束したのだ。背負わなくてもいい方法を探すと。
「聖魔法でいけるんじゃないか」
「え?」
「女神様は聖の輝きで魔王を追い払ったんだろ?」
ジルは魔物と同じように、剣などの武器や攻撃魔法で倒せるのではないかと推測していた。しかしデリックは思いもよらない方法、回復魔法を挙げてきた。その指摘にゲームの場面を思い出す。
――聖女様の動きを封じたのは、ヒロインの聖魔法だった。
堕ちてしまった今代聖女。そこから放たれる闇魔法を無効化するため、ヒロインは聖魔法を使い続けていた。それによって魔力は枯渇し、従者に回復魔法を施せなかったのだ。
ジルが視線をデリックに移したとき、静かだったエディから反論がでた。
「封印することしかできなかった魔王を……聖神官が倒せるとは、思えません」
「聖女様でも?」
「女神ソルトゥリス様の、仮の姿とされているけれど……教会に話すの?」
エディは応酬していたデリックからジルへと顔を向けてきた。ジト目の問い掛けには、内緒なんだよね、と含まれている。
儀式を完遂した聖女セレナが、魔王討伐を提唱すれば可能かもしれない。しかし歴代聖女のうち、これまで誰一人として試さなかったのだろうか。恐らくそこには討伐できない何かがあるのだ。
ジルは頭を左右に振った。聖女を管理しているのはソルトゥリス教会なのだから。
「戦略以前の問題だ。本来の目的に注力しろ。分かったな、――エディ」
冷静な口調の最後、呼ばれた名前には圧力が込められていた。憤りを感じさせる真剣な顔。心配の滲んだ焦茶色の瞳。ウォーガンはいつも、ジルを案じてくれる。
――これ以上は、やめておこう。
義父を苦しめるのが目的じゃない。心配、迷惑を掛けたいわけじゃない。ジルは今後、魔王討伐についてはウォーガンに話さないと決めた。
渋々といった様子でジルが頷けば、報告会は終了となった。ウォーガンはデリックに話があるらしく、姉弟だけで執務室を退出した。
◇
「危ないこと、はして欲しくないけれど……ちゃんと戻ってきて」
「もちろん! またお留守番よろしくね」
宿泊棟まで送ってくれたエディを、ジルは思い切り抱き締めた。自分の代わりに伸ばしてくれている長い髪を丁寧に梳かす。弟は心ゆくまで、腕のなかに収まってくれていた。




