表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
137/318

136 手合わせとケンカ

 顔にかかる光が眩しい。気が付けばジルは寝台の上にいた。


 ルーファスの許可を得て擁き、途中で瞼が重たくなって、耐えて。そこから先の記憶が無かった。部屋に戻っているということは、ルーファスが運んでくれたのだろう。


 ――お礼を言わなくちゃ。


 今は何時だろうとジルは時計を確認し。


 ――外が明るい!?


 窓を見て跳ね起きた。レザーベストを着て枕の下から短剣を取り出す。靴と手袋をはめたら長剣を掴みジルは部屋から飛び出した。


 急いで教会の外に出れば、日課を済ませたラシードとかち合った。いつもなら空が白んだころに素振りは終わっている。


「申し訳ございません! 寝過ごしました!」

「取り決めた覚えはない」


 下げた頭に重低音が降ってきた。ラシードが指摘したように約束を交わしたわけではない。けれど空はすっかり青くなっている。ジルを待ってくれていたに違いない。手合わせから逃げているなか、素振りまで避けていると思われたくなかった。


「僕は、ご一緒に鍛練したいです。バクリー騎士様の、ご迷惑でなければ……ですけれど」

「剣を抜け」


 顔を上げたジルの眼前に、大きな剣先が突き付けられていた。丹念に砥がれた刃はなめらかで、とても美しい。朝露のような光が、刃先の上から流れ落ちてきた。


 幅広の剣身、長い腕の先には、鋭く尖った気配があった。褐色の肌から覗く熾火の瞳に、口先だけだろう、そう言われている気がした。


 セレナの聖魔法なら弾かない。それが判明した今、ジルが躊躇う理由はなにもなかった。見下ろしてくるラシードに視線を合わせたまま、剣の柄に手を掛ける。


「ご指南、お願いいたします」


 護衛騎士の大剣に長剣を並べた。剣も体も、ジルのほうが圧倒的に小さい。当然こちらの剣先はラシードに届かない。それでも癇に障るところがあったのだろう。鈍色の眉は中央に寄った。


 示し合わせたように二つの剣が同時に離れた。互いに視線を刺したまま後退り、間合いをとる。風が肌を撫でたとき。


「ケンカをする人は朝ご飯抜きです!」


 芯の通った可愛らしい声に一剣両断された。声の方、扉口へそろりと視線を移せば、眉を吊り上げたセレナと目があった。ケンカではなく、手合わせなのだけれど。


 ――朝ご飯は食べたい。


 弁明は得策ではないと勘が言っている。それに護衛騎士とは次の領地でも一緒なのだ。手合わせの機会はいくらでもあるだろう。


 ジルはするりと長剣を収めた。その姿をみてラシードも諦めたのか、大剣を背に戻していた。


 ◇


 厚切りのハム。ジャガイモとニンジンを煮てつぶしたもの。ミルクにチーズ、パン。葉野菜の添えものもあり、テーブルは彩り鮮やかだ。


 調理場からは甘くて辛いというのだろうか。不思議な芳ばしい香りが漂ってくる。


「保存のきかない食材は荷物になりますから」

「シナモンビスケットは、帰り道のおやつです」


 備蓄されていた保存食と、持ち込んだ食材。それらを合わせた朝食が並んでいた。調理の合間、セレナは菓子まで作っていたらしい。


 ――手合わせをしなくて良かった。


 あのまま戦っていたら、ジルは朝食どころか焼き菓子まで失うところだった。四人の食事はいつも通り和やかに進んだ。セレナから心配の声が上がるまでは。


「どうしてケンカをしてたんですか?」

「ケンカ?」

「あれは、お手合わせを」


 制止するセレナの声をルーファスは聞いていなかったようで、怪訝な顔をしている。問われた以上、黙っているのも変なので説明しようとジルが口を開けば。


「お二人とも、訓練剣は携帯していませんよね?」


 穏やかだけれど、やわらかくない声音だった。悪い事はしていないのに、どうしてかジルの目は泳いだ。ラシードの顔は正面に向いたまま無表情だ。


「騎士の本分は魔物討伐、民を護ることだ。そう仰ったのは、エディ君のお姉さんだったでしょうか」

「…………はい」

「神殿騎士団では、戦場で模擬戦を行うのでしょうか」

「分別を欠いておりました」


 風の聖堂には衛兵や救護員がおり、緊急事態に備えている。しかしここには四人しかいない。回復魔法を持つセレナがいるとはいえ、二人がケガをした時に魔物の襲撃があったらどうするのか。そうルーファスから叱れてしまった。


「今後、聖魔法の実地訓練は必要ですか? セレナ神官」

「えっ、んー……昨日ちゃんと治せたので、なくても大丈夫です!」


 不意に水を向けられたセレナは肩を跳ねさせたあと、自信いっぱいに宣言した。ルーファスはその返答に頷き微笑んでいる。


「お聞きの通り、実地訓練それに付随した手合わせは、今後一切不要です」

「え」


 ラシードは声を漏らさなかったけれど、ジルと同じようにルーファスを見ていた。初めこそ逃げていたけれど、手合わせは実力を測るいい機会なのだ。懸念が解消された今、ジルは護衛騎士と剣を交えてみたかったのだけれど。


 ――昨日、途中で寝ちゃったから……怒ってるのかな。


 反論は一切受け付けない。そんな気配をまとったルーファスは、穏やかな声でジルとラシードに承諾を求めてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ