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傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
134/318

133 儀式と聖魔法

 なめらかなアーチを描く半円球の天井。その中心から、一条の光がそびえ立っていた。


 魔石ランプの灯りが届かない、螺旋階段の終わり。その先にある一段高い場所に祀られた五角形の台座が、目的地だ。


 光の柱礎となっている台座には魔法陣が描かれている。そこへ次代の聖女、セレナが魔力を注ぎ込んでいた。


 壇の下で待つジル達に全容は見えない。けれど、セレナの体が光の膜に覆われ、その後、収縮した光が台座へと戻っていったことは分かった。


 ―― 一つ目の上書きが終わった。


 異端審問の権限を有したラシードが同行している以上、神殿での儀式を行わない、という選択肢は無かった。それに、転移陣を使わず教会領へ戻るのは不自然だ。


 セレナが台座から離れたのに合わせてジルは階段を上った。セレナの足取りはしっかりとしており、上体もふらついていない。魔力制御の特訓が功を奏したようだ。ゲームでは、ヒロインの戦闘熟練度が低い場合、魔力の出力過剰により疲労が大きかった。


 段差の下からジルが手を差し出せば、セレナの手が重なった。


「体のお加減は、いかがですか?」

「体はなにも。ただ……」

「はい」

「離れたところからでも、傷を癒せるようになったみたいです」


 魔力を注いだ時に、魔法陣からそのような概念が流れ込んできた、とセレナは話した。能力解放は夢の通りだ。遠距離、範囲、状態異常回復、最後に欠損回復の能力を得る。


 一般的な聖神官は、近接での回復魔法しか使えない。魔力が高い者なら状態異常を回復できる事もあるけれど、稀な存在だ。そんな聖神官は教会領所属となり珍重される。


「風の神殿での儀式は、これで終了です。教会へ戻りましょう」

「「はいっ」」


 ルーファスの音頭に、緊張の解けた二つの声が重なった。行きも帰りも、先陣は護衛騎士だ。ラシードは率先して螺旋階段を下り始めた。


 台座の祀られた暗い静謐。そのなかで一条の光柱は、ジル達を見下ろすように立っていた。


 ◇


 風の神殿から出ると、空は薄紫から濃紺に染まっていた。


 復路となる石橋はゆるい上り坂だ。底の見えない往路とは異なり、空を見ながら進む。セレナに怯えた様子はなく、ジルも不安を感じなかったため手は繋がなかった。


 それを後悔した。


「きゃああっ!!」


 手を繋いでいたら傷なんて負わせなかった。そんな過ぎたことを今は考えても仕方がない。


 ジルは黒い波の塊へ長剣を振った。刃との衝突を免れようと、無数の黒いはばたきがぞわっと割れる。上空から吹き下ろすように大量のコウモリが押し寄せていた。小型の魔物は空気を斬るようで手応えが薄い。


 それでもジルは牽制を止めず悲鳴の元へ駆けた。ケープコートを脱ぎ、うずくまっているセレナの頭に被せる。


「走れますか?」

「っ、はい!」


 魔物の群れから離脱するのが最優先だ。ジルはセレナの手を取り石橋を蹴った。キィキィと甲高い鳴き声が耳に刺さる。強固になった爪や薄い翼が肌をかすめていった。


 コウモリの波を抜けたとき、背後に熱の塊が生まれた。炎の周囲には風の壁があり、魔物の逃亡を防いでいる。火と風魔法に包まれたコウモリの大群は、まるで黒煙のような靄を立ち昇らせ消えていった。


 石橋での戦闘は、ゲームでは発生しなかった。だからジルは油断していた。また新たな魔物が出現しないとも限らない。警戒は解かず教会へと戻る道を急いだ。


 管理小屋を兼ねた教会の扉を閉める。しばらく周囲を窺ったけれど、魔物の気配は現れなかった。


「申し訳ございません」

「小さい引っかき傷だから。それにエディ君も」


 備蓄されていたキズ薬をルーファスに出してもらい、ジルはセレナの頬や手に塗った。顔にキズが残っては事だ。すぐに他者回復を使いたかったけれど、皆がいる前では使えない。


 ――あとでお部屋にお邪魔して、傷を治そう。


 セレナの手の甲にキズ薬を塗っていると、不意にジルの頬があたたかくなった。視界の端に淡い光がみえ。


「はい。治りました」

「……え」


 ジルの瞼はパチパチと忙しなく上下を繰り返した。目の前では、セレナがほっとした様子で桃色の目を細めている。まさか、そんな。ジルは恐る恐る自分の頬に指を這わせた。


「傷が、ない」

「特訓の成果です!」


 儀式でも確認した通り、セレナの魔力制御が向上しているのは明らかだ。しかし焦点はそこではない。


 ――見習いの同僚も、教会領の聖神官でもダメだったのに。


 原因は不明だけれど、ジルは他者の聖魔法を弾いてしまう。それなのに、先ほどまでヒリヒリとしていた痛みが消えてなくなっていた。セレナが、人智を超えた聖女だからだろうか。考えても答えは出ない。


「ありがとう、ございます」


 半ば呆然としながらもジルがお礼を伝えれば、淡紅の金髪が嬉しそうに揺れた。

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