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傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
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127 生家と子供

「ただいまー!」


 移動の疲れなど感じさせない弾んだ明るい声。に反して、叩かれた扉は一向に動かない。黙した扉の前で、セレナは首を傾げていた。


「お母さーん、お父さーん、ソフィー! いないのー?」


 快活な声に不安が混ざった。やはり応えはない。白い壁に赤茶の三角屋根。緑の樹々が立ち並ぶ農園の傍に、セレナの生家はあった。


 リッサの町は教会領寄りに位置している。物々しい外壁はなく、のんびりとした景色が続いていた。家の周囲も、物取りや魔物が荒らした様子はない。どうやらジル達は留守に訪ねてしまったようだ。ここで待つか、出直すか相談しようと思ったとき。


「あっ! ごめんなさい。こっちでした」


 思い出したとばかりにセレナがはにかんだ。やわらかな陽を受けて、淡紅の金髪がひらひらと踊る。皆を案内する足運びは速い。


「いた。ただいま!」

「「セレナ!?」」


 セレナの家族はリンゴ園にいた。二ヶ月前に聖女となり、ソルトゥリス教会に召し上げられた娘が帰ってくるなど、考えてもいなかったのだろう。両親はこぼれ落ちんばかりに目を見開いていた。


「どうしたの!? まさか、クビになったの!?」

「お母さんひどい。リンゴの花が観たくて、連れてきて貰ったの」


 慌てふためく母親に、セレナは頬をふくらませていた。ふかふかとした草の絨毯に、可憐な白花をまとったリンゴの樹。やさしい香りが、あたり一面に咲いている。


「お姉ちゃん、おかえりー!」

「ただいま。花をとってたの?」

「うん!」 


 樹々の間から、小さな女の子が駆け寄ってきた。手には白い花が握られている。久し振りに逢えて嬉しいのだろう。にこにことセレナを見上げている。その愛らしい顔がふいに、こちらを見た。


「どの人がお姉ちゃんのカレシ?」

「えっ、急になに!?」

「お母さん、お姉ちゃんはお嫁にいった、んむー」


 無邪気な言葉は、母親の手によって封じられてしまった。後ろから娘を抱き、気まずさを誤魔化すように微笑んでいる。


「セレナ、お客様を立たせたままにしてはいけない」


 静かだった父親が、ぜんまいを巻いたように動き出した。農作業に使っていたのだろう。小脇に抱えていた踏み台を横に置き、頭を下げた。


「娘がお世話になっております。小さな家ですが、どうぞ足をお休めください」


 ◇


 庶民の家に応接室なんて部屋はない。一家団欒の場である食卓にジル達は通された。部屋の奥には、きれいに掃除された台所が見える。


「朝十時には出発します」

「今日は、お家に泊まるんですよね」

「護衛のため、僕たちも宿泊することになりますけれど」


 家族水入らずの邪魔を、とルーファスは申し訳なさそうに付け加えた。町教会から徒歩で行き来できる距離とはいえ、聖女を一人にはできない。だから当初は、護衛騎士だけ泊まる予定だった。


「お邪魔だなんて。こうしてセレナに逢えただけで……ありがとうございます」

「大したおもてなしはできませんが」


 聖女の家族といえど、気軽に謁見はできない。むしろ権威を利用させないため、一般教徒よりも審査は厳しいくらいだ。母親は目頭を拭い、父親は恐縮しながらも目元を緩ませていた。


「お客さん用の部屋に、ルーファス様とラシード様。エディ君は私の部屋を使ってね」


 自分は妹の部屋で眠ると告げたセレナの表情は明るい。今この場に、その妹はいない。次代の聖女については、かん口令が敷かれている。うっかり人に話してしまわないよう、姉は嫁ぎ家を出たことになっていた。


 ◇


 という訳でジルは今、セレナのカレシだ。舞台監督のセレナ曰く、神官と騎士はジルの部下らしい。部下達は客室にはけている。


「赤ちゃんが生まれたら、いっぱい会いたいです」


 夕食のお礼に皿洗いを申し出たところ、大変恐縮した母親に断られてしまった。そんなとき、お願いがあります、とセレナの妹にジルは手を引かれた。


 そうして、無邪気な言葉が投下された。


 椅子に座ったジルの傍、妹の寝台に腰掛けたセレナは両手で顔を覆っていた。手のすき間から、恥ずかしいとばかりに呻き声が漏れている。


「ソフィーは、自分も妹が欲しいって……ずっと言ってて」


 時勢や年齢的なこともあり、家に三人目の余裕はない。だから、自分が結婚して子供ができたら遊んであげて、とセレナは話していたそうだ。ちなみに妹のなかでは、子供が生まれて初めてお父さんという呼び名になるらしい。だからジルはまだ彼氏だ。


 ジルを真っ直ぐに見詰める妹の表情は、真剣そのものだ。まだ見ぬ姪や甥の存在に、瞳を輝かせている。


「セレナさん。子供は、何人欲しいですか?」

「え?」


 ジルの問い掛けにセレナは顔を上げた。頬はまだほんのりと色付いている。言葉の意味を理解しようと、桃色の瞳は揺れ動いていた。


「一人、だと寂しいでしょうか」


 内緒。とばかりに、ジルは唇の前で人差し指を立てた。そこで合点がいったようだ。眉尻を下げ、照れたような困ったような顔でセレナは微笑んだ。


「私が二人姉妹だから。二人欲しいな、って思ってました」


 聖女には例外なく子がいない。ゲームでは明言されていなかったけれど、生界に住む者なら誰でも知っている。

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